どうも、劣等感の塊、ゼータです。

いきなりネガティヴなタイトルですみません。
なぜ、このようなタイトルにしたのかといえば
起業家に必要なのは自信!!
というのを目にしたからです。




待て待て、必要なのは自信!と書いて、
なんで劣等感をタイトルに?!

言わずもがなです、
僕には自信がないのを主張するためです!


主張する必要あるのか……


それはそうとして、起業家たちの本を読むと
必ず、添えるようにこんな事が書かれてます。


自分を愛しなさい。
そして自信を持ちなさい。



なんだか、どこにでも言われているような
言葉にも聞こえますが、やはり、
起業したいと思う以上、
このテーマを適当に避けることはできないな、
そんなことを思いました。


そこで、僕は自分の劣等感と向き合うことにしました。


1.劣等感から自信喪失
2.劣等感があっても自信を持つ




1.劣等感から自信喪失


そもそも、なぜ僕は自分のことを
劣等感の塊だ、と言い張るのかということを
お話しします。



僕は、ある宗教の聖職者の長男に生まれました。
父は厳格で、ルールに忠実な人でした。
そんな父に、まだ意識もはっきりしない僕は
たくさんの道徳を教えられました。

人に迷惑をかけたら、その人の家に行って頭を下げ、
1分でも集会に遅刻すれば必ず罰則。
まぁ当たり前のことなんですが。



ただ聖職者らしいことと言えば、
思春期の僕に、
「結婚するまではセックスだめ」
でした。

今思えば、道徳心を養う上では、
とても良い経験をしたなと思います。





しかし、罰則や叱責、現代社会とは外れた
高い道徳心のなかで育っているうちに、 


「失敗が怖い」


そんな思いが年々倍増していきました。


というのも、失敗しないのは当たり前。
枠からはみ出れば、必ずこっ酷く叱られて当たり前。
失敗は悪いこと。だからしてはいけない。
失敗して人に迷惑をかけると、
地獄にも落ちるかもしれない。


幼いながらに、そんな恐怖心を抱いて、
常々、失敗を極力避けていました。



それと、もうひとつ。
僕の推測ですが、
長男というのは、親にとっても初めての子なので、
どの程度、愛して、
どの程度、叱れば良いのかわからない、
ある意味、試験的な立場だったのかもしれません。


それで、僕は、かなり愛されていましたし、
かなり理不尽に叱られてもいました。



人間嫌なものは避け、好きなものを求めるのは、
いつの時代もおなじなんだろうなと思うのですが


まさに、僕は


愛されたい。
叱られたくない。


そう思うようになりました。



高校に入り、思春期のなか、
僕は、今まで溜めていた、
そんな思いを爆発させます。



大好きな彼女ができて、
すぐに破綻。


結果、不登校になりました。



「あの子の愛が欲しい」
「学校や両親から離れたい」



そして、心配してくれている友達も避け、
どんどんと1人だけの生活になりました。



そうしていくうちに、
心のなかで、僕は僕を責めます。


高校もちゃんと行けないなんて社会不適合者。
先生や親の注意を避ければ将来が暗い。
今の状況で根を上げていては将来も耐えられない。

誰も僕を愛してくれない。
みんな僕を責めてくる。

それは僕がダメなやつだから。
僕がダメなやつだから愛されない。
僕がダメなやつだから責めてくる。

ダメダメ人間だ。



青春時代のそんな思いが、
後々の僕の心をむしばんでいきました。


これが劣等感確立の瞬間です。



2.劣等感があっても自信を持つ


僕は劣等感が膨れ上がりながら、
その能力を発揮します。



厳格な年上、上司の前では言葉が出ない。
女性とはやけに話がはずむ。

何かしら褒められる点があったりすると、
そこだけ特化して、そのような状況へと
自分の身を置いていく。

困難に立ち向かうと急に鬱っぽくなる。
結果、なにかを乗り越えることが苦手となる。


何よりも、責任転嫁がはなはだしくなりました。



何をやるにしても、
何かが悪かったから、こんな失敗をした。
僕はちゃんとやったのにできなかった。
僕は悪くない。僕はやった。



そんな言葉がよく出てくるものです。
もちろん、今でも同じです。


その結果、責任が伴うもの。
自分のせいではなくても、謝らなければならないことなど、
大いに避けてきました。

また、任命されれば、
極力安全地帯に逃げました。




僕に自信がないからです。




起業をしよう!
そう思ってはいます。

また、甘い話は最初だけで、
たいてい、起業書を読んでいると、
甘いことは言わせねぇよ
とばかりに、色々書いてあります。



起業したら死ぬんじゃねえか?!


劣等感マターの僕はうろたえました。




ただ、思いました。



どの道、どこかでこの劣等感と向き合わなければいけないわけなので、
この際、起業を機に、劣等感と向き合おう。


僕は、この思い立ちを機に、
今年はこの「劣等感とうまく付き合う」
ことを学んでいこうと思います。





これから、
このココロの葛藤を含めつつ、
ブログを書いていきたいと思います。


お粗末でした。