引っ切りなしに、督促の電話が来るようになった平成6年、私はブチギレて、父に電話した。爆弾


そこで、父の事務所が親会社に吸収され、不渡りを出した事を知った。

こっちは、もう限界を超えてたので、「住所変更さっさとしてっ!」と、怒鳴り散らした。ドンッ

平成7年、阪神淡路大震災。昭和初期の木造長屋に住んでいた。震度6で、風呂の壁が落ち、外や隣の玄関と筒抜け。


窓も家の歪みで閉まらない状況。当時、弟も私も公務員。泊まり込みの仕事で家を空ける事が多かった。


なので、同僚が、「火事場泥棒に気をつけた方がいいよ。」的な、アドバイスをくれ、私のジュエリーを探したら、無かった…

休みが取れ、大阪府の親の家に避難したとき、「ジュエリー無いねん…」と、言ったら、継母が、「お父さんかもよ…」と、言った。


その一言で、父の仕業だと確信した。


後日、さりげなく、ジュエリーは戻されていた。

それだけではない。すぐにでも引っ越さないといけなかったので、義援金や災害見舞金を、銀行からおろした。


そのお金も、父に持ってかれた。二人分なので、結構な金額である。¥


そのお金は、二度と戻って来なかった。


銀行に入れとくべきだった、と、悔やんでも悔やみきれない…しょぼん

結局、翌年に近くのアパートに引っ越したが、そこでも、父のいろいろな問題に巻き込まれるのである。むっ


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