1-4-1.【数学・理科演習法】
○ なぜ答えを丸写しするのか?
 そもそも、数学や理科の勉強法として、答えを丸写しすることが是とされたのは、和田秀樹氏の「受験は要領」からではないかと私は考えています。
 彼は、この本の初版にこんなことを書いています。
「受験には、根性も才能も偏差値も関係ない。思考力を鍛えろ、なんて真っ赤な大ウソ。 受験に創造性も論理性も知能指数も関係ない。きちんきちんと、“暗記の貯金”を着実に積み上げていけば、自然に受かるのが、大学入試なのだ。」
 また、彼はこの本で、赤チャートという最高難易度の参考書の例題をそのまま書き写し、丸暗記してしまうことを提唱しています。独自の塗り絵理論により、基礎は無視して、応用から進め、だんだん塗り絵のように基礎に戻ればいいという信じられないようなことも書いています。これは、野口悠紀夫氏の「超勉強法」でも提唱されている「パラシュート学習法」にも良く似ていますが、どちらも東大卒が机の上で思いつきそうな、常人には到底実行不可能な勉強法です。
 しかし、和田氏は以下のように主張を変えていきます。
大学入試は暗記力テストだ! 1988年
        ↓
実は理解の伴った暗記だった 2002年
        ↓
大学入試は知識量より思考力が大事 2007年
 そして、最終的にはこのような結論にたどり着きます。
 『結果的に、私が本書で提示した勉強法の骨格は問題はないが、細部でノウハウが古くなっていることや、暗記数学のためには理解が必要であることの強調が足りなかったことなどいくつかの点を反省することになった。 また、当時私は医者になって二年目の若僧で、現在ほど認知心理学の勉強をしていなかった。
「丸暗記」ということばをあまりに多用する本書は、理解を伴った暗記と、機械式の丸暗記をきちんと区別していなかった。実際は、私の言う丸暗記は理解を伴った暗記のことだった。』
『■大学入試は知識量よりも思考力がカギ
 思考力って日常的によく使う言葉だけど、具体的にどのような作業プロセスを言うのだろうか。まずそこから説明しよう。
 脳のソフトについて研究する認知心理学では、思考力というのは、「自分の頭のなかに入っている知識を加工したり応用 したり組み合わせたりする一連の作業」を進める力を指す。君たちにもなじみの深いコンピュータになぞらえて言うと、人間の頭はインプットされている情報を組み合わせて答えを導く演算=思考を行っているわけだね。言うまでもなくインプットされている情報というのが知識に相当するんだけど、これがなければ思考作業は成立しない。無から有は生み出せないということだ。』
『このように受験においては、知識をいかに加工するか=いかに思考するかが問われる局面が数多い。大学側が見たいのは知識量の多寡という単純なことではなくて、むしろ知識を応用していかに考えることができるか、という思考力であるということをまず認識してもらいたい。知識量ではなく思考力で勝つか負けるかが決まる…大学入試とはそういうものだ。』
 氏のいうところの理解を伴った暗記ということばの意味がいまだによくわからないのですが、確かに一部の頭のいい人は、公式などを丸暗記して、何度も使ううちにその意味するところを理解することができるという種類の人がいます。
 しかし、丸暗記という言葉自体は、サヴァン症候群の患者のように、理解を伴わない記憶を指すものです。
 こうした和田氏の、言うことをコロコロと変えて恥じない姿勢こそが、解法数学・暗記数学という魔法に取り付かれた狂信的な高校生の成績が伸び悩むもっとも大きな原因なのではないかと私は考えています。
▽ 数学の課題でありがちなこと
 もう一つの理由としては、学校や予備校から出される数学の課題の多さです。学校にせよ、予備校にせよ、なかなか生徒の成績があがらないとなると、すぐに膨大な量の数学問題集を手渡し、信じられないような量の宿題を課します。
 しかし、ここで先ほどの和田氏の歴史的名著(笑)「受験は要領」が絡んでくると、話はともすると、きなくさい方向にながれるのです。私が通っていた(いや、あまり通わなかった)高校で実際にあった出来事をお話したいと思います。
 ついでにいうと、登場してくる三人は(私を含む)、ともにその後、学校を不登校になりました。「受験は要領」に書いてある「塗り絵理論」や「解法書き写し」をそのまま実行することは、それほどまでに受験生を追い詰めてきたのです。
(和田氏の本も、本によってはまともな本もあることをここで書き加えておきます! ただ高校生はたくさんの本を読み比べるほど暇ではないのも事実です!)
 ある日、学校や予備校からしんじられないような量の宿題を渡されます。
「宿題、どうするよ?」
「『受験は要領』らしいし、わかんなきゃ解答みて、そのまま書きうつせばよくね?」(いーねー!♪)
「でも、計算ミスでとちること多いから、どうしようかね?」
「やってるうちにどうにかなるっしょ!」
「あと、こんなに難しいとこから始めて意味あるのかな? なんか、問題の中の処理ですらよくわからないところがあるんだけど……」
「塗り絵理論とかパラシュート勉強法っていって、パラシュートみたいに難しいところに飛んでって、塗り絵みたいに難しいところからでも、簡単なところに、塗り絵みたいに届けばいいんだってよ!」(なるほどー!)
 と、こんなことを話しながらがりがり勉強をしていくうちに、三人は体調を崩し始め、学校に来なくなりました。私はその後現役で大学に合格しましたが、一人は浪人して予備校に通い、一人は学校そのものを中退してしまって、いまでは連絡も取れません。彼らはどこにいってしまったのでしょうか?