第一問

 日本が低成長時代を向かえ、製造業の空洞化と、知識集約型産業への移行によって格差社会に変貌してしまったといわれて久しい。

 経済格差は確かに深刻になりつつあるのだろう。とはいえ、諭吉が生きていた時代は、経済格差はすさまじいものがあったが、人々は彼らなりの身の丈にあった生活を楽しみ、それぞれに与えられた役割を果たすことで日々の充実した生活を満喫していた。もちろん、そこに被差別部落民や女性のような弱者の犠牲があったことは忘れてはならないと思うが、とはいえ寺子屋により識字率も高く、総じて人々は無知のために幸福度の高い生活をしていたはずである。

 今日、常々教育格差の問題が取りざたされるが、日本語を読むのに不自由するような若者はいない。しかし、産業構造の高度化は、人々にさらに高次の学問への理解を求め、ついていけない人間を社会的に疎外し、排除し、孤立化させるという残酷なシステムを生み出した。

 ここにおいて、今日最も深刻な問題は希望の格差である。これは、江戸時代のように無知によって結果的に希望の格差が生まれたのではなく、あらゆる階層の生活について熟知していながらも、自分の能力・意欲の無さのために、より高い生活をあきらめざるを得ないという希望を捨てさせる格差のことである。

 かつては、こうした状況を打破するためにこそ教育はあった。福澤は門人制度に憤慨していた。しかし、今日では富めるものがより富めるようになるために教育が機能しているのではなかろうか。

 そうであってはならないと思う。すべて人間は可能性に満ち溢れた存在であり、努力と根性さえあれば何者にもなれるという希望を子供たちにちゃんと与えることが必要不可欠だ。

 そのためには、特に義務教育期における指導を充実させなくてはならない。現在、指導力不足の教員が問題になっているが、電子黒板の導入を契機に、全国一律で同じ高品質な授業を流すことも検討しなくてはならない。少なくとも義務教育期にあって、塾に通う子供とそうでない子供の格差を生んではならない。教員の子供が塾に通うような社会であってはならない。今日において、教育は階級移動のための道具としての意味を江戸時代よりも強く持っている。

第二問

 学ぶことの目的は、教育の目的とは違う。教育とは権威から個人に与えるものだが、学ぶことは個人によるより主体的な取り組みである。そうした意味で、当然その目的も異なる。

 学ぶことによって、人はいままでその存在すら知らなかった分野についての造詣を深めることができる。公認会計士試験突破のための勉強は教育としての機能は果たしているが、何を学びどのような利益があるかについてある程度は分かっているという点で、それは学ぶこととは違う。

 人の知性を磨くためには、その存在すら知らなかった事象に対して、自らが持ちうる道具のみでどのように解決するかを考えることが肝要であると言われる。そのための試行錯誤、思考をし、試行をし、それを結果へと結びつけるための勘所を押さえるのが学ぶことの目的ではないのだろうかと私は考えている。

 もちろん、行き詰ることもあるだろう。しかし、それでもかまわないと私は考える。大切なことはその行き詰まりから教訓を学び、次の試行に生かすことである。このようにあらゆることから学ぶことの出来るスタンスを身につけることが学ぶことの目的であると私は考えている。

第三問

 私は福澤諭吉氏の立場を支持し、資料Bの主張を退けるものである。

 今日の格差社会の行き詰まりは、端的に機会の平等が徹底されていないことに矛盾の集中点がある。つまり、日本は旧ソビエトのような単一の価値観を持つ人々しか認めず、官僚によってきわめて巧妙に操作された人間の顔をしない政府を抱えながら、一方では人々の失敗に対してはアメリカ流の自己責任論を押し付け、政府の責任を放棄するという最低の矛盾が凝縮された社会になってしまったということである。

 この中で、特に教育者、こと小中学校の教員が子供たちに与えた悪影響は看過できないと考える。彼らが教えたのは旧ソ連的な官僚専制の身体化と、実学ではない一個人の価値観の押し付けのみであると言ってもいい。

 彼らは、ほとんど意味を成さない校則や規則によって子供たちを縛りつけ、学習以外のことについても不必要な干渉を行い続け、本来問題とすべき看過し得ない犯罪、たとえば盗難であるとか暴行であるとかについては、徹底的にその存在を無視し、責任を認めず、取締りすらしない。ここに日本流の無責任の体系が見られる。

 多くの子供たちは、ここで高望みしないこと、人よりも抜きん出た成果をあげてはならないこと、他人と違うことをしてはならないこと、命令には従うことを学ぶ。もちろん、こうした不条理の身体化が大切な場面も、世の中にはたくさんあるとは思うのだが、今日の社会においては、厳しい競争の中で自分にしかなしえない付加価値の創造を求められるのだから、工業化時代の従順な労働者を作るような教育は、子供たちが社会の中でたくましく生きていけるようにするためにもやめなくてはならないと考える。

 その点、福澤諭吉氏の実学という考え方はすばらしい。子供たちが社会に出ても、誰にも遠慮することなく威風堂々と生きていけるために、そのための技術を与え、糧につなげる。これは、貧しい人々にとっては、階級移動のためのほとんど唯一の機会であり、そういう夢を持ちえたからこそ、日本人は勤勉さの中で高度経済成長を果たすことができた。

 しかし、福澤諭吉氏の実学という考え方は今日では慶応義塾以外においては、ついに実践されることがなかった。慶応義塾では事業費の三分の一を医療関係業務の収益によってまかなっているが、このような大学は他にはない。多くの大学では、お金が足りなくなれば学内政治を駆使しながら政治家に陳情し、予算をおろしてもらうのが常である。そして、学問の業績は数量評価されるものではないなどと、都合のいい言い訳を並べ立てながら、いくらでも血税をむさぼり取る。学ぶことの目的は、知りえなかったことを学ぶこと云々という言説はこうした文脈のなかで生まれた考え方である。

 かつて、日本でもっとも優れた研究は、自らの研究の収益部分を事業化し、その利益を基礎科学に配分することで研究費をまかなった理化学研究所で行われていた。日本が世界に誇る原子力発電所の技術などにも、ここの研究者の理論が非常に役立っている。

 このような独立自尊の精神による創意工夫こそが科学に新しいイノベーションをもたらす。研究費捻出の創意工夫もできない人間に、なぜ研究段階における創意工夫ができるのだろうか。私には理解できない。福澤氏の実学志向は日本の知識人が抱える依存的な弱さを打破するものだ。