世ではシュウカツがどーの、セツメーカイがどーのと、
やたらお祭り騒ぎのようにわあわあと叫ばれていて、
一大イベントの様相を呈しており、
まあ自分もそのイベントの参加者となり、なれないスーツを着て
足にマメを作りながら、新宿やら銀座やらのビル街をよろよろと彷徨っているわけです。
正直、訳わかんない間にイベント要員として組み込まれて、
なんか自分のコアな部分とはまったく無関係な上っ面の部分で、
自分が追いつかないようなスピードで、色んな物事が動いている、そんな感じ。
時々、ちょっとまってよ、とか思う。
正直、何個か下の記事で「シューカツが」「ケンキューが」とかいっている記事を読んでいても、
なんとなく自分のことじゃないような、不思議な違和感。
敬語とかスーツとかOB訪問とかエントリーとかなんらやかんらや、
シュウカツに付随する色々な手順や手続き、
何とか使おうとしているけどまだしっくりとなじめない数々の決まりごと。
社会ってのは、こういう数々のしちめんどくさい決まりごとを暗黙の了解として受け入れて、
「御社はァ~」「当社はァ~」とか、きらきらとした目でいいつつ、
身を粉にして労働する人が受け入れられ、そうやって成り立っているところなんでしょうか。
おなかがすいたら山から身を取って、暗くなったら寝て、またおなかがすいたら身を取って…
っていう、シンプルな生活。
おなかがすいたらコンビニでおにぎりを買って、テレビを見ながら食べて。
そのおにぎりはとある工場で作られていて、その工場はA社が運営していて、
でもってM&Aとか物価とかインフレとか…うぎゃあ。
人間の暮らしって、いつからこんなに複雑になったのかな。
なんか自分の手には到底負えないようなところで、
でっかくて、どろどろして、ごちゃごちゃにからみあったものが、
ふくらんだり、ちぢんだりしながら、ちょっとずつ動いて、蠢いている、そんな感じ。
そこではいろんな利害関係とか、ヒエラルキーとか、変な決まりごととかが
当たり前の顔して跋扈している。
誰がそうさせたのか。
それとも、人間が楽に生きることを追求した結果、こうなったのか。
シュウカツというのは、こういうわけわかんないカオスみたいなところに入って、
効率よく生産性を上げるために、不必要なものがそぎ落とされて、形を整えられていく過程なのかもな。
もっとシンプルに生きることはできないのかな。
そんなことを言うと、「下流」だとか「ニート」だとか「銭金に出れば」とか言われるのでしょうか。
新宿のビル街を眺めていると、自分の手に負えないような複雑さに、時々気が遠くなります。
・・・以上、しがないすねかじり学生の遠吠えでした。