年末年始にかけて仙台に帰っていました。

この間は、あまり仕事のことは考えず、パソコンもいじらずに、お酒を飲み、
東京ではあまり出来ない自然と触れるという時間を3日間ほど過ごして来ました。

学生の頃は、あまり田舎が好きではなく、働くなら東京でと漠然とした気持ちと、
わずかばかりの自分の可能性というものを信じて出てきたのです。

とはいえ、実際には、固たる信念もなく、その場その場を流されていた
ことも多く、何となくという生活だけがそこにはあったのですが。。。

ただ、20代の頃は、その気持ちは自分の心だけに仕舞いこんで、1年に1回だけ
帰省するこの時期は昔からの友人と会い、そういう素振りは見せずに、カッコつけたり、
意味のない自慢をしたりと見栄を張る事も多かった。

聞いてる友達も、調子を合わせてくれて、すごいすごい!という彼らのお世辞にも
気づかなかったものです。

そんな自分でも、色々な経験や仲間と出会い、起業したのですが、改めて実家に帰り
友人や家族と交流すると、実にさまざまな生き方があり、価値観も、考え方なども
多種多様なんだと改めて思えるものでした。

地元から一度も出たこともない友人と話をしたときに、彼らは生き生きと、何と言うか、
すごい自然体で、私の知らない人生の楽しみ方を知っていた。

不況の話が出たときも、俺はずっと不況だから!と笑って言っていたのが印象的でした。

特に最近は、会社の仲間と日々どうしたら会社が良くなるのか、成長できるのかなど、
結局はどうしたら儲ける事が出来るのか、ということを考えていたわけです。

彼らはお金や社会的地位よりも生き方みたいなことにこだわり、其の楽しみ方を知っている。

私が考えさせられたのは、単純なことのようですが、こういう生き方をしたいとか、
これが自分の生き方だ!というものが既に持っていることです。


私は、こういう生き方をしたい!という生き方をしていません。
もしかしたら考えてもいないかもしれないと。。。。

自然が好きだから、共存したいという彼の話を聞いて、私自身は、自分の会社はこうだ!
という確固たるものがないと思えたのです。

どちらかというと、自分の生きたというよりは、他人にどう思われたいのかなど、
人の事ばかり少し気にしていたのではと。。。

まずは、この会社が単純に好きだからと感じられるような生き方をしていかないと、
駄目なんだろうと思ったのでした。