意識をZERO側に切り替えることが出来れば、病そのものを破壊することも可能だ。

 

「病そのものを破壊!

今、すごくいい感じしました!

病気をゼロにしてくれるんですね。

 

それは身体の病気だけでなく、心の病気もゼロになりますか?

 

私は、心を軽くするsoothingというのをやっておりまして、その時は効いて楽になると思うのですが、抜本的な解決になっているかどうかはわからなくて。

 

もしかするとZERO Stream によれば、心の病気も破壊してもらえるのでしょうか?!」

 

ZEROに全托する意識があれば。

精神的、肉体的な病気、は治ると思うよ、全托する心があれば。

 

病気が治れば、精神的不調が治れば,ZEROを信じる、という意識、条件をつけた意識、では治らない。

 

ヴェルギル君の soothing だが、どこまでZERO Stream にヴェルギル君自身を委ねているか、にかかっている。

 

「全托する、身を委ねる、というのはちょっと自信ないです。

 

ZEROに全托する、というのはどういうことですか?

 

このような内容を、言葉でご回答を乞うのも良くないのかもしれませんが、言葉で教えていただけると幸いです。」

 

自分ができることはやりました、後はお願いします、という心かね。

 

「わかりました。

わかりやすかったです。

自分のできることをすればいいんですね。

ありがとうございます。

soothingでも自分のできるところをやって、後はお願いいたします、でやってみます。」

 

はい、そうしてください。

そして自分のできることを深化させていきたいという素朴な希望があれば、いう事なしだ。

 

「はい。

……

 

soothingをしていて、心身の不調で苦しんでいる人の、現在の不調は取ることができていると思います。その時は楽になって落ち着くのです。

 

でもその人の過去の不調、苦しみ、トラウマというのは、soothingで全部取れているわけではないんです。

 

自分も含めてですが、自分でも過去の自分がダメだった時の事とか、今でも思い出します。

 

ゼロスさんと出会ってから、だいぶ減りはしたのですが、今でも思い出したりする、自然に浮かんできたりするのですね。

 

これを全部ゼロにする、ということはできないものでしょうか?

 

記憶というのは、それ自体は消えないのでしょうか?

 

それが浮かんで来たときの、自分の対応を変える、ということでしょうか?

 

自分の過去から、何も影響を受けないようにする。影響をゼロにするということ。

そうなれば、単なる記憶になります。」

 

心の傷、というやつだな。

ただし「心」とはZEROの心と全同だから心に傷など受けようが無いんだよ。

ZEROが傷つくなんて考えるだに馬鹿々々しい。

 

だから「意識の傷」のことだな、ヴェルギル君が言ってるのは。

 

仮に人が心に傷を負ったという事を有るとしよう。

そのことを思い出したら「ZERO!zero!」と心の中で唱えてごらん。

大文字は大声で、小文字は小声で。無論内唱だ。

 

自分でどうしてもうまくゆかない時は、何においても、ZERO任せにする。

 

これ全托の一相。自分で何とかしようとする努力を放棄してZERO任せにする。

 

「はい。とても気が楽になりました!

やってみます!」

……

 

「過去のダメだった時の事を思い出しそうになったら、“ ZERO!zero!”

と唱えるのをやってみました。

 

ZERO!zero!

ZERO!zero!

ZERO!zero!

ZERO!zero!

ZERO!zero!

ZERO!zero!

 

不思議です。

途中から “ ZERO!zero!” だけがあり、すぐに他のものは消えて無くなりました。

何も感じなくなりました。

ZERO!zero!

の力強いリズムだけになりました!

 

余計なものが無くなって嬉しいです。

うちでの小槌の逆みたいな感じです。確実に無くなります。

すごいですね。ありがとうございます!」

 

それはよかった!

皆さんあまりに、努力!努力!で躍起だ。自分で何とかしようとする努力を放棄してZERO任せにすることだ。