私の周囲には今、絶望感が漂っている。中国にわざわざ喧嘩を売り、国民を切り捨て850億円かかる自己中解散を決め、台湾を熱海に喩えたり円安を煽ったり、口を開けば失言の高市首相に多くの人が熱狂しているのである。

 

 圧勝と見て、ついに選挙演説で「憲法改正をやりたい」と、はっきり言うようになった。以前、「戦争になったら玉砕しても最後まで戦っていただく」と言ったことがある。

 

 自分が戦うのではないところが味噌である。選挙期間があと1週間長かったら、この言動が広まって少し情勢が変わったかもしれないが。こんな嵐のような選挙では考える暇もない。

 アベノミクス継続で日本円はゴミクズ同然、アジア最弱の通貨になっている。政治的にも経済的にも日本は今、崖っぷちである。

 

 にもかかわらず、長く続いたオジさん政治にうんざりしていた上、自国の衰退に気づいて国民が狼狽しているタイミングで、過剰なほどに笑って明るく見え、いつも外部の仮想敵に対して拳を振り上げている高市が登場し、人々は幻想に酔っているのである。

 

 熱病のような盛り上がりにマスコミもなびき、表立って批判する人間は少ない。円がアジア最弱だという報道もない。信者に罵詈雑言を浴びせられるのは、誰しも気持ちのいいものではない。嘆きの声も多いのだが、それらも内輪で回っているだけだ。

 

 しかし、嘆いているだけではいけない。ここ数日、日本の没落を予測して溜飲を下げているだけではいけないと、私は強く思うようになった。傷を舐め合っていても前に進めない。そう、前に進まなくてはいけないのだ。この状況を前にしても、なお。

 

 今後、どのようにしていけばいいのか。自分にできることは何もないのか。そうではないと私は思う。最近『崩壊する日本の公教育』という本を読んで、ハッとさせられる言葉に出会った。

 「どんな体制にも隙間はある」「隙間を作り、隙間を広げ、隙間と隙間を繋いでいくことが大切だ」という言葉である。確かにそうだ。できることはある。身近な場所で、小さなことから始めよう。行動できる力を持った人々が、諦めて沈黙してしまったらおしまいだ。

 

 日本人は知的な人間も含めて、既成事実の積み重ねに弱い。オスプレイも、導入前にはあんなに反対の声が大きかったのに、一度導入されてしまうと沈黙する。今や夜間も都市部も堂々と飛んでいる。

 

 一線を越えられると諦めるというのが、日本人の最大の弱点だ。自民党はそれを見越して行動している。小泉はイラク戦争を容認する時、「日本人はすぐ忘れる」と言った。もはや、評論家みたいに分析しているだけではいけない。絶望を振り撒くのはやめよう。必要なのは対策だ。今こそ知恵を絞ろう。知性はそのためにある。

 

 「日本はもうダメだ」と突き放していてもダメだ。舐められてたまるか。日本被団協の坪田元代表は生前、繰り返し語っていた。「私たちは微力ではあるが無力ではない」。自分に自信を持つことが大切だ。私たちには社会を動かす力がある。主権者なのだから。

 

 日本のネットニュース、特にSNSにしか触れていないと、全く真実がわからない。別に英米圏のニュースが正しいわけではないが、それでもBBCやCNNなどのニュースが気軽に日本語で読めて拡散されれば、少しは風穴が空くかもしれない。

 

 あるいは、SNSのアルゴリズムに規制をかけるよう、働きかけるのはどうだろうか。大の大人が、ショート動画を観て判断しているなんて世も末だ。また国民全体の思考力を上げるため、本を読む習慣をつける必要がある。高齢者もゲームをしようなどと、呼びかけている場合ではない。

 

 教育のエンタメ化や、投資や起業ばかり勧める現状、母国語を蔑ろにする英語教育の見直しも訴えたい。子どもの頃から市場原理や効率第一主義を刷り込まれると、まともな思考力が育たないからだ。人生は社会的成功が全てではない。教育のデジタル化も、そろそろ歯止めをかける時だ。

 

 日本人がここまで、物事の本質や事象の因果関係がわからず、やっている感だけの人間に騙されるようになったのには、ここ数十年の時代背景がある。迂遠に思われても、それを一つひとつ崩していくしかない。外堀から埋めていく以外に道がないのだ。

 

 気が遠くなりそうだが、それ以外に転がり落ちた崖を登っていく方法がない。一人では不可能かもしれない。でも仲間はいる。私は自国の没落を黙って見ている気はない。

 

  社会的にも経済的にも厳しい状況だが、趣味を楽しむことを忘れないようにしよう。自滅しない持続可能な活動には、笑顔やユーモアが必要だ。笑顔を忘れたら先細りになる。