娘と犬を連れて引っ越しをした。とにかく大変だった。昨年12月に慌ただしく物件を見て歩き、引っ越しを決めたのが年末。手付金を払ったのが年明けである。感染者数が二千を超えていた頃で、コロナ渦の真っ最中だった。

 

 家の中にあふれている荷物を、果たして運び切れるのか、引っ越し先に全て収まるのか。来る日も来る日も廃棄の連続で、引っ越し前に疲れ果てた。ピアノ搬出のタイミングや犬の輸送、家具の配置など、考えると頭の痛いことばかり。疲労で腰痛が悪化、熱も出た。

 

 引っ越しは2日がかりだった。初日、やってきたリーダーは19歳! 午後から参加した女性バイト二人は、何と高校生だった。飲食店などの仕事が減って、遂に女子高生が引っ越し業界に参入してきたのである。

 

 そして作業は予想以上に長く続く。初日分の家具の配置を指示するため、午後3時ごろ、私だけが引っ越し先に向かった。しかし、なかなか来ない。娘からの連絡によると、リーダーが横浜から大型トラックを呼び寄せたため、遅れているという。延々と待つ私。結局、トラックが到着したのは夜の8時過ぎだった。

 

 山ほどの荷物が次々に運ばれてくる。間もなく、部屋は段ボール箱で一杯になり、足の踏み場も無くなった。いつの間にか、作業員の面子が変わっている。ラグビーかアメフトをやっていると思われる大学生が、力任せにバンバン運び入れる。明日も来るという。

 

 前日まで暖かかったのに、急に寒くなった日で、暖房のない部屋は恐ろしく冷えた。凍えて歯の根をガタガタさせながら、自宅に戻ったのは10時半を回っていた。そして翌日、作業員はまた変わっていたのである。明日も来ると言っていた、大学生らしき作業員は来なかった。

 

 初日の午前中と夕方以降、そして二日目の作業員が全員違う。だから流れが伝わっていない。しかも、二日目の作業員はたった一人だったのである。初日に大物を運んでいるとはいえ、たった一人だとは。

 

 見ていて気の毒だったが、こちらも疲労困憊で手伝う気力も体力もない。どういう理由で、こういう人員配置になったのだろうか。これでは作業が潤滑に進まない。今は一年で最も忙しい時期だから、会社も大変なのはわかるが。

 

 二日目は、私が最後まで残って犬と移動することになっており、娘が引っ越し先に行った。引っ越し先で娘は、たった一人の作業員と色々話をしたらしい。その作業員は大学を中退したばかりだった。

 

 野球に賭けようと思って入学したものの、挫折。中退して、間もなく正社員になる予定だという。そういう理由では、正社員として数年しか持たないだろう。後は若者の半数がそうである、非正規のままになりかねない。大丈夫か。

 

 作業員が頻繁に入れ替わり、初日は午後に終わるはずが夜にもつれ込んだため、娘はその作業員に苦情を言ったらしい。すると帽子を取って謝罪したという。娘もつい感情的になったようだが、それは彼のせいではない。娘は後悔していた。

 

 最後は私が、たくさんの荷物とキャリーを持ってタクシーを呼び、犬を連れて引っ越し先に移動した。とても心配だったが、幸い運転手さんが動物好きで、後部座席に直接載せてくれた。お陰で犬も落ち着いて過ごせ、1時間の乗車時間を何とか乗り切った。

 

 着いてみると、部屋に入りきれない段ボール箱が、ベランダにまで積み上げられている。ここで今晩、寝られるのか。そして日常は戻ってくるのか。空に向かって「誰か助けて!」と叫びたい気分だった。

 

 その後、娘と二人、フル回転で頑張って何とか片付け、数日前には段ボール箱も部屋からなくなった。明日で、全員十代の作業員に助けられた、あの悪夢の引っ越しから二週間になる。よくぞ頑張ったと自分を褒めてやりたい。

 

 それにしても、作業員の顔ぶれがくるくる変わったのは謎だ。そして初日も二日目も、作業が終わると上司だか誰かに電話し、作業員についての評価を聞かれるのである。評価も何も、リーダーも19歳だったのに何を評価するのか。十代に評価まで背負わせるなんて。

 

 テレビで頻繁にCMを流し、誰でも知っている大手業者の引っ越しがこれだとは、驚いた。もしかしたら、先方に日程を任せて安くしてもらったのが、影響したのかもしれない。安いということは、こういうことなのかな。色々と勉強にはなったが、もう二度と引っ越しはしたくない。もうしないだろうが。

 

 今回いきなり引っ越しを思い立ったのは、ぼうっと賃貸暮らしをしてきたのが、コロナ渦で娘の仕事が減ったことに加え、フリーランス業の人が家を失っているという話を、テレビで何回も続けて観たからである。

 

 そこで、家だけは確保しておこうと有り金をはたいて、とても古いマンションを購入したのだ。家を資産と考え、売却まで念頭に入れて購入するのが普通らしいが、そういう考えはさらさらなし。住むところがあればいいのである。

 

 それにしても、購入費用の半分以上が地価だとは、全くバカらしい。また、30年ぐらいのローンを組んでいる人が多いようだが、まるで家を持つために生きているようなものだ。しかし、そうでなければ先行き不安だし。

 

 こういう経済の仕組みに、個人が抗うことは不可能だ。私たちの生き方は、あらかじめ大きな制限を受けている。コロナ渦で家を失う人がいる一方で、中古マンションの売買や投資で資産を増やしている人もいる。

 

 人生は運不運に大きく左右される。気質が資本主義市場経済に向いてるかどうかも、大きく影響する。最近は、グローバル化に適応できるかどうかも問われる。生きていくのは大変だ。全てを自己責任にされては、たまらない。

 

 「努力した人が報われるる社会を」という、小泉政権以降、露骨に叫ばれるようになった新自由主義の巧妙なスローガンに、若者が洗脳されないことを願う。人は自分の力だけでは生きていけないし、うまくいかないことも多いのだから。