コントレイルが、今日の菊花賞で三冠を達成。父ディープインパクトと親子二代で三冠という偉業を成し遂げた。最後は、名手ルメールが騎乗するアリストテレスが猛追したが、首の差で逃げ切った。圧勝ではなく競り合いになったことで、見応えのあるレースになった。追いつかれそうになってから、今一度足が伸びたように見えた。

 

 いつも思うのだが、馬は何を考えて走っているのだろう。気が強いと言われるから、負けたくなくて走っているのだろうか。そしてもう一つ、人気もなく勝つ可能性のない馬や、それに乗る騎手たちの気持ちはどうなのか。敗者あっての勝者なのである。

 

 どの馬にも、作出した厩舎や調教師、所有者などの夢や希望がかかっているはずだ。しかし菊花賞に出られるなら、例え下位でも競走馬としては一流だ。多くの馬は地方競馬で終わる。地方競馬で負け続ける馬の方が多い。さらに言えば、そもそも競りで値がつかず、そのまま闇に消えてしまう馬もいる。

 

 重賞レースで上位入賞した馬でさえ、その後は消息不明になってしまうことも多い。食用か犬などの餌になるか、それにもならないか。馬を飼育するには莫大な経費がかかるから、それも仕方がないのだろうか。だから競馬は動物虐待で止めるべきなのか。

 

 競馬に関わる人間は馬好きだ。競馬は人間文化の一角を占めてきた。人間と馬との関わりには長い歴史がある。馬と犬ほど人間のために働く動物はいない。よく映画やドラマで、人間が馬に乗って突撃する場面がある。すると敵が矢や銃で迎え撃ち、馬がガクッと倒れる。あまりにも見慣れてしまって、何とも思わなくなっているが。

 

 走るために改良されたサラブレッドは、重い体重を細い足で支えている。だからレース中に骨折したら終わりだ。すぐに殺処分になる。一方で、日本の在来州である木曽馬や宮古馬などは絶滅しかけている。

 

 宮古島では助成金を出して保存に努めていると聞いていたが、実際にはそれではとても足りなくて、所有者たちが餌を与えずに餓死させていることが明らかになった。しかし代替案もなく、そのまま放置されている。

 

 話があちこちに飛んでしまったが、競馬を観ていると、こういう思いが一気に湧き上がってくるのである。しかし、競馬は魅力的だ。人馬一体になって走る姿はとても美しい。かつては賭け事の印象が強く、近づけない場所だった競馬場も、ずいぶん雰囲気が変わった。応援したくなる馬も次々に出てくる。

 

 そもそも日本の競馬は、陸軍がより良い馬の産出を促すために始めたものだ。一般人が出入りしないように、入場料も高く設定していた。しかし、その魅力に人々が気づいてしまい、陸軍の目論見は崩れたのである。

 

 かくして競馬は、社会に確固たる位置を占めた。なればこそ、できるだけ馬が幸せに暮らせるよう計らうのが、人間の義務だろう。私は引退場の支援をしている。競馬ファンが、こういうことにも関心を持ってくれたら嬉しい/画像は日刊スポーツより

 

 引退馬を支援する団体や方法はいくつもある。「引退馬の支援」で検索してみて欲しい。