自粛が叫ばれてから、毎日のテレビニュースを見ていてずっと疑問に思ってきたことがある。それは「外出を控えよう」と言いながら、閑散とした繁華街の様子を流ては「こんなことは初めて」「寂しい」などと言った地元や飲食店の声を流すことである。
飲食店が困っていることはわかるし、本当に胸が痛む。うちの近所でさえ半分は休業しているし、持ち帰りで何とかしのいでいる。最も悲惨なのはラーメン店だ。持ち帰りもできないし、誰もいない店内に一人たたずむ様子を見るのは辛い。
しかし毎日、判で押したように「人がいない」「寂しい」という二つの矛盾したニュースを流すのはおかしいだろう。人がいないことは歓迎すべきことなのに、矛盾しているとは思わないのだろうか。どうしてこういうことになるのか。
それは、テレビニュースが常に「絵」を必要としているからである。絵がなければテレビニュースの価値は半減する。だからどうしても見栄えのする絵が欲しい。そもそも人間は情報の8割を目から得ているのである。
かくてテレビニュースは絵に引きずられる。これを最大限に利用してきたのが安倍首相だ。実態は夫婦熟年旅行に等しい、不要普及の「外遊」を地球儀俯瞰外交と称して繰り返し、外国の首脳と握手をする絵を国内向けに流させてきた。
一方、テレビニュースは絵が欲しいからがありがたい。おかげでトップニュースが成立する。一方、それが「外交をやっている感」を醸し出し、それを見て「安倍さんすごい」「外交の安倍」などと感心する人もいる。
絵に引っ張られるテレビニュースは、このように根本的な矛盾をはらんでいるのである。かくして毎日、繁華街の閑散とした様子と「寂しい」という声を同時に流すという自己矛盾を繰り返しているのである。やれやれ。