こんにちは!ゆるゆる発達障害トレーダー兼シアワセ起業コンサルタントのカネさんです!
ボクは「発達障害」があっても、
「独自にシアワセを掴んで生きていける」
そう強く信じています。
ただ、その「独自のシアワセ」というのは個人個人違うし、
「何がシアワセか?」なんて個人が決めていくことです。
美味しいもの食べるのがシアワセって人もいるし、
パチンコやキャバに行くことがシアワセって人もいますし、
ただゴロゴロしてるだけでシアワセを感じる人もいますし、
それはそれでオッケーなんです。
ただ、
「こうでなきゃシアワセではない」
っていう「個人の見解」を他人に押し付けるから
そこに「本来なかったはずの問題」が起きるんじゃないかと思うんです。
「就職しないでただ家にいるから”社会不適合者”に違いない」
「いい歳して結婚していないから不幸に違いない」
それってはっきり言って「大きなお世話」なんですよね。
「周りと同じことが出来ていないこと」=「不幸な人」
くらいの認識しか持たない人に
「発達障害当事者」を理解することってボクは無理だと思うんです。
「就職出来ないから不幸」
だとか、
「就職出来ても使い物にならない」
とか、
「特別な配慮が必要な人」
なんて
全部「発達障害者」=「劣っていて不幸な人」前提で物事捉られられているんじゃないかな?
どうですか?自分のことを「劣っていて不幸な人」前提で接してくる人と、
対等に接していこうって気になれますか?
ボクも発達障害当事者ですが、
自分のことを「劣っている」とは思っていません。
何度も言ってますが、
ボクたちは、
「独自の能力・才能」を持ち合わせているし、
「独自のシアワセ」を生きることが出来るんです。
ただ、それを信じるか・信じないかは
「個人の勝手」だし、好きに解釈して構わないと思います。
ただ、どっちを信じたほうが「自分は楽しく生きれそうか?」
ここが大事だと思うんです。
「仕事が出来ないことが不幸」なんじゃなく、
「自分が生きたい人生を選択して生きられない」
このことのほうがボクはよっぽど「不幸なこと」だと思っています。
毎日毎日職場に行くことで
「吐き気をもようしたり、具合が悪くなったり」
仕事に行くこと自体に「とてつもないストレス」を感じるくらいなら
もう辞めちゃってもいいです。
その仕事はそもそも「あなたに合っていない仕事」の証拠だし、
仕事って「人生の大半を費やす時間」なんです。
仕事に強いストレスを感じるということは
「人生の大半を強いストレスに費やす」ことと一緒です。
いやなことを続けても”飯は食っていけないし”
最悪”飯の食えない身体”になるだけです。
仕事って突き詰めれば
「自分がシアワセになるためにすること」でしょ?
だったら「やりたくないこと」や「イヤなこと」に求めなくていいんです。
そもそもあなたは「どうなったらシアワセ」ですか?
ここがわかっていないとシアワセになりようがないですし、
「独自のシアワセ」なんだから、
「周りはこうしてる」
とか、
「あの人はこう言っていた」
とか、
「こういう風に見られたい、思われたい」
なんて
「他人の言葉」を混ぜちゃダメなんです。
周囲からどう思われようが関係ない
「あなたは結局どう生きたいの?」
そこから「逆算」して「あなた独自のシアワセ」を発見してみましょう!
大事なんでもう一度いいます。
「他人の言葉」を混ぜちゃダメです。
あなたがシアワセだと思わなければ意味はありません。
「あなたは結局どうなればシアワセなの?」