新潟女児殺害事件は、犯人が逮捕され事件は解決しました。
メディアの報道もこれを機に少なくなり、人々の記憶から徐々に消えていきます。
しかし解決した、という表現はあくまで他人の我々の勝手な表現であり、むしろ遺族にとってはこれからが戦いなのです。
今回の事件は、初犯であり、突発的な犯行で計画性がないと認められれば、死刑はないでしょう。
しかし、もちろんご両親は死刑を求刑し、最高裁まで争うでしょう。
なぜなら被疑者は、まだ23歳で、無期懲役になったとしても、20年前後で出所してきます。まだ40歳ほどです。
遺族にとってみれば、我が子を殺した人間が、40歳から残りの人生をやり直せるという事実がどうしても納得できないのです。
小生が、今回の事件の遺族なら、死刑だけでは物足りず、犯人の内臓をじわりじわりとえぐりながら、数か月かけて苦しめてやりますよ。
まあ・・・そんなことしても殺された子は帰ってこないし、虚しくなるだけなのでしょうが・・・
なので、ご両親は犯人が死刑になったところで、決して報われる訳ではないし、深い悲しみは永遠に続いてゆくのです。
東野圭吾著 虚ろな十字架
この本はそんな、死刑に対する、遺族の苦しみを鮮明に書き記した小説です。
死刑廃止運動や、被疑者側の心境も生々しく感じることが出来ます。
是非読んでみてください。
