ちょっと自分のことを書きます。
わたしは、京都の田舎で生まれました。
山と畑と川と空しかない、京都の街へと続く国鉄の駅まで行くバスは、一日に4本しかありませんでした。
人口も子供も少なくて、私の通った小学校は、今では廃校になったようです。
そんな自然あふれるところで、私は14歳まで過ごしました。
わたしはいつも、空や山を眺めては、あの向こうはどうなっているんだろう、何があるんだろう、きっと見たことのない素晴らしい街があるんだろうなあ、行ってみたいなあ、と思っていました。
遠くにあこがれ、外国にあこがれ、とにかくここではない何処かに行ってみたくて仕方がありませんでした。
14歳からは京都市内に住みました。
毎日が激しいドラマのような荒れた家庭で、わたしはただただ、早く大人になって、この家から逃げだしたい。
将来の夢?そんな甘いことよりも、とにかく生き延びて、この家を出るのが最優先。
そんなことばかり考えていました。
そうして晴れて家を出ました。
生活は本当に大変でしたが、実家にいることを思うと一人暮らしは天国でした。
が、京都は古い街。
とにかく海外にあこがれていたので、日本的で古い京都がダサくてダサくて、
本当にうんざりしていました。
お金がないので海外に行ってみたいという夢はなかなか叶いません。
それでも若い体力で無理に無理を重ねて頑張りまくり、アメリカに行く資金をためました。
アメリカに来て初めて見る街や人、何もかも新鮮で、本当に刺激的でした。
長期で住むようになると、やはり言葉の問題、移民ビザの問題、文化の違い、などなど、しんどいことも多かったです。
食べるもの一つをとっても、日本では大体何でもおいしいのに、アメリカでは大体何でも不味い。
勉強や仕事をするにも、外国人の私には普通の人の3倍の時間と努力が必要でした。
出身地を尋ねられ、京都と答えたら、こちらの人々は目玉をひんむいて素晴らしい街だと褒めてくれます。
日本を離れていろいろな経験をして初めて、日本がどれだけ素晴らしいかがわかるのです。
今まで、ダサいの一言に尽きた京都の素晴らしさがわかるのです。
幸せの青い鳥は、元いた場所にいたのです。
灯台下に、いたのです(笑)
それでも、わたしは帰ろうとはしませんでしたが(笑)
楽しいこともいっぱいありますからね。
最近、「自分を愛そう」というフレーズをよく見かけます。
わたしも、自分を大切に愛するのは大事なことだと思います。
自分とは何か?
わたしの体、感情、脳、思考?たましい?
その全部?
そうだとしたら、自分の出生や故郷の素晴らしさにも気が付かないともったいないです。それらは全部わたしの一部、わたしそのものなんですから。
故郷は、過去の出来事や感情にしばられて、苦々しい思いで振り返る場所ではないのです。
そんなどうでもいい事は飛び越えて、もっと大きな視点に立って故郷を愛せたら、本当のわたしも愛せるようになる。
その時ここは、わたしが逃げてきた場所ではなく、故郷も旅先も今住んでいる町も、全てが素晴らしい場所なんだとわかる。
わたしが変わると、世界が変わる。
そんな気付きを与えてくれた、大好きな世界にありがとう、自分にありがとう、って思えます。
わたしの少女時代や故郷がなかったら、きっとわたしは分からなかった。気づかなかった。
こんな風に、少しずつでも自分やその周囲のことに気づいていきたいなと思ってます。
もちろん、わたしのような気持ちになることなく、心から生まれ故郷を愛してずっと生きているラッキーな人々もいっぱいいるでしょう。
そういう人には、それがとってもラッキーなことなんだと気が付いてラッキー、と思ってもらえれば光栄です。