僕の「ICHIBANN」物語15 | 大陸的F1編集後記

僕の「ICHIBANN」物語15

「僕の愛用のRIMOWAのスーツケース、一番大きいサイズで、既に15年以上使用してますが、

壊れては修理にだしの繰り返しで、まだまだ現役。

渡航暦200回を超える僕の旅の大半はこいつと一緒でした...」


朝から30度を超える気温。

富と貧困を背中合わせに持ち、

貧しくとも陽気なキャリオカたちの住むリオ・デ・ジャネイロの市街から、

そして僕の滞在しているコパ・カバーナから40分程度の距離にジャカレパグワ・サーキットはある。


交通ルールのあるようで無い、もしくは無いようである(?)

どちらなのか訳のわからない道を走るのだが、

車線もあいまいで、ところによっては2台分の幅しかなくても、

自主的に3車線になっていたり、考えようによっては楽しい世界でもある!(笑)


ゲートでパスを見せ、いざ初めてのパドックへ...

嬉しさと緊張、F1GPワールドの入り口にようやくたどり着いた!

東京から乗り継ぎを入れて28時間、地球の裏側なので、

どこをどう回っても日本から一番遠い国だ。

所定のパーキングロットに車を止めると、いよいよ戦闘モードに突入。


プレスセンターを探し、機材用のロッカーを確保すると、

早速カメラのセッティングの開始だ。

愛用の400mm/F2.8をキャノンF1に付け、コダクロームを装填、

そして当時、皆にかなり珍しがられたモノポッド(一脚)をつけてピットへと向かう。

空いてる肩には14mm/F2.8を装着したキャノンF1も下げている。


ちなみにこの頃のレースカメラマンの平均的なセッティングはというと、

500mm/F4.5+20~35mm/F3.5+ストロボ、もちろん一脚なんて誰も持っていない!

そしてこれは日本人だけだが、何故かGパン&ニューバランスのスニーカー、

まるで決まりごとのように不思議な光景で、

暑いから当然のごとく短パン、ポロシャツ姿の僕は、どうやら最初から浮いていたようだ。


そして初めて見たF1マシン!中でも印象的だったのはフェラーリの「紅」!

かつて見たことのない色の深み、ピカピカにワックスもかけられていて、

そのカウルに映りこむリオの青空さえも晴々としていて、

その跳ね馬のエンブレムが誇らしげに見えた。

まさにウットリと眺めているという表現がピッタリだった。


そのうちあちこちのピットからエンジンを暖気する音が聞こえ出した。

僕もいつまでもフェラーリのピットにへばり付いている訳にも行かないので、

次のターゲットを求めて、ピットを観察しながら移動して行くと、

昨日イパネマの海岸ですれ違った中嶋選手がピット前に出て空を眺めていた。


昨日の出会いがあったので気軽に声をかける!

「おはようございます!」「あれっ!カメラマンだったの?」

「日本では見たこと無いけど、どこの雑誌?」

「フリーです、実はF1は、というかモータースポーツは初めてなんです...」

「えっ!初めて撮るのがF1?凄いね~」

半ば呆れられたようだが、「僕も初めてだからよろしくね!」とニッコリと握手を求められた。


彼と他愛のない話をしていると、どこからともなく視線を感じたので、その方向を見ると、

ピットの奥に同じキャメルのレーシングスーツを着た若者が、気難しそうな表情でこちらを見ている。

どことなく漂う哀愁と、時として空ろに見える彼の表情が気になり、

視線をそらしかねていると、中嶋さんが「アイルトンだよ」と教えてくれた。

その容姿や雰囲気からは彼がブラジル人とは思えなかったのだが、

そう、実は彼こそが次に僕が出会う「天才」アイルトン・セナ、彼の若き日の姿であった。


そしてフリー走行の時間が近づいてきたのか、アイルトンがイヤープラグをして、

フェイスマスクを被りだすと、中嶋さんも「じゃあね!」とピットの奥に戻っていった。

ロータスのピットもメカニックがエンジンをかけ出した、


当時のF1はターボ搭載なので、音としては決して綺麗ではなく、

正直に言うと、僕にはただの騒音としか受け取れなかった。

初めてなので耳栓の必要性など知らなかった僕は、あまりの煩さに、

たまらず両耳に指を入れて凌いでいると、ピットの奥から笑いながら、

中嶋さんが「それじゃあ写真撮れないでしょう?(笑)」と、

キャメルのマーク入りのイヤープラグを持ってきてくれた。


実は生まれてはじめての「耳栓」体験。

自分の五感を制御されるのはどんな状況でも心地よいものではないが、

この騒音には素ではとても耐えられそうもないので我慢。

それにしてもF1ドライバーでありながらこの心遣い、

それも初対面に近いカメラマンの僕に対しての思いやり。

人柄の良さが滲み出ているかのような穏やかな彼の笑顔を見ていると、

本当に彼が闘志をむき出しにし、命がけでバトルをするF1ドライバーのようには見えない。


しかしその一瞬後に僕は思い知ることになる...

イヤープラグをして、フェイスマスクを被り、ヘルメットを装着した瞬間、その雰囲気が一転した。

さっきまでの笑顔はどこへ...怖いくらいの目つき、表情だ。

人はこんなに簡単に切り替われるものなのか?

この一瞬にF1ドライバーの真髄を見た思いがした...


マイケル・ジョーダンもジョン・マッケンローも集中力を高めるために、色々なことをする。

マッケンローのジャッジに対する抗議はその際たるもので、

自分を追い込み、怒りをパワーに転換させるのだ。

しかしここまで一瞬にして、まるで瞬間湯沸かし器のように、

変化を遂げたアスリートはかつて見たことが無かった。


後日談だが中嶋さんはゴルフが好きで腕前も相当のもの。

ある時、ゴルフの話をしていたのだが、

「ゴルフは簡単だよ!」もちろん上手なのは知ってるが、何てこと言うの?と思った。

しかしその後に、「スイングの一瞬だけ集中すればいいんだから...」と。

そして「レースは1時間半、一瞬たりとも気を抜けない、それに仮にゴルフならミスってもOBで済むけど、

レースのペナルティは最悪の場合には死ぬことになるからね」

納得。そしてこの辺りが瞬間的にスイッチ・オンにできる秘訣なのかもしれない...


それにしても先駆者の歩む道は常に険しく、厳しいもの。

だが日本人初のF1ドライバーという肩書きは伊達ではない、

ここまで来る彼の道のりも容易でなかったのは周知の事実。

年齢と極東の島国というハンデを背負いながら、

世界を相手に戦おうとイギリスへ渡った男の笑顔、そしてその下に隠された闘志、

同じ新人としてF1デビューをする僕ににも瞬間、その闘志が垣間見えたような気がした。