こんばんは

 

最近、顎が痛くて顎の病院を探している状態です

口が開かないとかではないのですが、去年の夏に作業中に顎に物をぶつけてそれ以来、顎の調子が悪いです

 

その時はそんなに気にしてなかったのとそのあとすぐに足を切って15針縫ったのでそれどころではありませんでした

 

最近は歯医者に行くことが多くなってきて口の開け閉めに違和感を覚えるようになったのでそろそろ行ってみようかな?って思っています

 

今回は見えないものが大事っ話を書こうと思います

自分の言う見えない物は幽霊などの話ではなく例えば言葉、空気などの事です

 

言葉は見えません実体がないですよね

空気を読めよって言ったりしますがそれも実体がない物です

 

なのに見えない物なのにそれに傷つくことがあったり批判を受けることがあります

それに性格を直したいっていうのも一緒で見えない物を直すっておかしい話ですよね

 

でも普通に使いますし言葉で傷つけられたり空気が読めなくてあきれられたり、恐怖を感じて行動できなかったりします

 

見えているものより実は見えていない物のほうに意識を向けていないと相手を知らないうちに傷つけたりすることがあります

 

実体がないのになぜ怖いのでしょうか?傷つくのでしょうか?

もしかしたら何かを求めているから恐怖が来るのではないのでしょうか?

 

何も相手に求めていなければ空気が読めなくても何とも思わないですし何かを言われても傷つくことが無いかもしれないです

 

よくテイカーとギバーの話を聞きます

テイカーは奪うものですね 取って取って取り尽くすなのでいつまでたっても満たされません

だって手に入れるとさらに新しい物が欲しくなりますから、ずっと次を探し続けることになります

 

ギバーは与えるものです

与えて与えてってやっていることで沢山の物に満たされます

与えることが出来るってだけですでに満たされているからです

 

物乞いするお坊さんは頂いてもありがとうは言わず少し頭を下げるだけなんだそうです

それは与えるものが幸福になるのが分かっているから言わないそうです

 

自分も物を人にあげるようになってからの方がお金の周りが良いです

色々と帰ってきている感じがあります

 

ですがそれで見返りを求め始めたらそれはテイカーになってしまって何も入ってこず満たされない状態になります

 

なので与えるけど求めない!どうしても見返りが欲しいならいつか巡り巡ってどこかから帰ってきたらいいよねって思っていたら良いと思います

 

見返りを求めずに行動できれば怖い物なんて何もなくなります

もし機会があったら何か知り合いなどに贈り物をしてみてください