思えば、30年近く前のことになります。
ある春の日、当時の彼と、
都内の高層ホテルに泊まった時のことでした。
その日は、とにかく帰りを気にせずに飲むぞと決めて
ホテルに泊まることにしたと記憶しています。
お店をはしごし、とどめにホテルのバーでまた飲み、部屋に帰ったのは夜中の2時を過ぎていたかと。
シャワーもそこそこに、
二人、泥のように眠りにつきました。
ふと、物音で目を覚ました私。
「あぁ、シャワーの音か‥‥」とまた眠り、どれ程経ったか、またシャワーの音で目が覚めました。
動きのないシャワー音とでもいうのでしょうか、ただ、濡れているだけといったシャワーの音に異変を感じ、「随分と長いし、変なシャワーだな、 見に行こうかな」
と思ったその時、
隣ですやすやと眠る彼が目に入りました。
物音が彼のものではないと気付いた時には、私の体は、かなしばりで身動きができず、
動くのは目だけとなっていました。
どれ程の時間が経ったでしょうか、キュっキュっと蛇口をしめる音が聞こえてきました。
シャワーの音は聞こえなくなり静まりかえる部屋‥‥
「まさか‥‥出てこないで」
と願った私でしたが、
小さくカチャっとドアが開く音が聞こえました。
数秒の後、静かに静かに女の人が現れ、じっと私と目を合わせていました。
それは、とても長く感じました。
目を合わせることに限界を感じた頃、静かにその女性は彼に視線を落とし、彼の方に進んで行きました。
そして、ひざまづき、彼の顔の横に頬杖をつき、じっと静かに彼の顔を見下ろしていました。
「その女性が関心があるのは、 私じゃないんだ、彼か‥‥」と
恐怖の中にも安心した気持になった、その時、
女性の伏せていた目が、
ギョロっと私の方に向いたのです。
恐ろしい、見開いた目でした。
あまりの恐怖に、私は気を失ったと思います。
それから、ホテルに一人で泊まることができなくなってしまいました。