そんな事があって自宅へ戻るのを翌日に控えた四日目の夕食の時。
長男が突然母に向かってこう言った。

「長崎がよかったって」

俺と妻は???

母を見るとみるみる表情が変わっていく。

そしてボロボロと大粒の涙を流し泣き始めた。
「じいちゃんがそう言ったの?」母が尋ねると長男はコクリと頷きテレビに視線を戻した。
母は30分近く泣き続け、意味の分からない俺達に事情を話し始めた。

父と母は大の旅行好きで小さい頃は家族でよく旅行に出掛けた。
俺を始め子供達が大きくなって部活などで忙しくなっても夫婦二人でよく旅行に行っていた。
質素な生活の中でそんなちょっとした旅行が両親の趣味だった。

父が亡くなる前の晩、母は父に何気なく尋ねたそうだ。
「今まで行った所でどこが一番楽しかった?」
父は「いろいろ行ったしどこも楽しかったからなぁ」と明確に答えなかったらしい。
そして翌日の夕方、事故で亡くなった。
父はずっと保留していた返事を初孫である長男に伝言を頼んだのだろうか。

母は「どうして私に直接言ってくれないんだろうねぇ」と泣き笑いだった。
祖母はニコニコしているだけだった。
しかし父が出てきたのはその時だけで、見たのは長男だけ。
後日、長男に父の事を聞いてもいまいち要領を得ないし中学生となった今ではその時の事は全く覚えていない。

それから毎年お盆の期間には俺達夫婦を始め俺の弟達も帰省してみんなで両親のアルバムを見るのが恒例となった。

長崎のどこが楽しかったのかと母に聞いた事がある。
母は「秘密」とニコニコして答えるだけだ。
新婚旅行で訪れた長崎でどんな思い出があったんだろうか。
今年もお盆が近づいてきた。