私の祖父は、孫娘の私が見ても紳士然とした人物だった。
祖母に言わせると、出征前後でだいぶ変わったらしい。
酒タバコは一切やらず、賭博や女にも縁が無く、菜食主義者で几帳面。
それらのほとんどは、戦地から戻って始まった事だと言う。
想像もつかないが、暮らしがすっかり変わるほどの地獄を見たのだろう。
戦友の名を刻んだ位牌のようなものを仏壇に供え、一心に祈っていた姿を覚えている。
そんな祖父も、80半ば頃には痴呆症と言って差し支えない症状が出始めた。
ある早朝、大声で「イチ!ニィ!」と掛け声を掛けながら、上半身裸で家の周囲を走った。
それが最初だったと記憶している。
ある時は、昼のサイレンを聞いて「退避!退避!」と家中を騒ぎまわった。
ある晩には、「消灯~消灯~」と言いながら、家中の明かりを消して回った。
後で兄嫁に聞いたが、その時はその、営みの最中だったらしく、たいそう驚いたそうな。