前方、二階建ての建物くらいの高さに、霧が少し掠れたような切れ目があった。
そこに馬の首が浮かんでいたのだという。

「ギョッとしました。最初は作り物かとも思ったんですが、時々鼻が膨らんでて。
 あの鼻息はそこから聞こえていました。生きてるんです。
 でも馬にしては、異常に首が長かった。
 下の方に二メートル位伸びて、その先は霧の中に沈んで見えなかったな。
 それに鬣も見えませんでしたし。
 私も連れと同じく固まってしまっちゃって。
 しばらくすると、馬の首は私たちに興味を無くしたのか、ふいっと目を逸らし
 ました。それから霧の海の中に静かに沈んで行って… 。
 首が消えてから間もなく、水音が聞こえたんです。
 何か大きい物が水中に没したかのような、そんな音でした」
水音が消えると、連れがいきなり動き出した。
とにかく一刻も早く、ここを抜けて邑に帰ろうという。
足早に進みながら、今見た物を次のように説明してくれたそうだ。

『あれはこの辺の沼に昔から住んでる怪物だ。
 邑じゃ単に“水の馬”って呼んでいる。
 霧の深い日に沼に寄った不注意者を、咥え込んで水中に引き摺りこむんだ。
 さっきはうっかり水際に近よりすぎた。危ない所だった』

あの馬、私たちを狙っていたのですか!?
聞いてからゾッとしたという。