一旦口を湿らせてから、祖父は続けた。
「そこで縁切りしたい名を口にしてから、枝を一本だけ切り離すんだ。
その木はただの木じゃない。
御柱様、つまり山の神様の化身なんだ。
そして神様の前に立った人間の、この世におけるすべての縁故が、絡み合った
枝振りになって現れてるっていうんだよ。
だから枝を切ってやれば、それに対応する縁が切れるんだと。
枝を触ると、どこの枝がどの縁に当たるのか、当人にはわかるって話だ。
だがな、ついうっかり間違って、必要な枝まで切っちまう奴も多いってよ。
…教えといてなんだが、行かない方がええと思うぞ」
少し悩んでから、彼女は神様にお願いすることに決めた。
一人で山奥の聞いた場所まで踏み込むと、教えられた怪しい祝詞を口にしてから、
辺りを探し始める。
ろくに道も付いていない、昼でも薄暗い山奥の、更に深い森だ。
よくそんな所まで出向く気になったねと私が言うと、彼女は答えた。
「その時はね、それしかないって思い込んでたの。
お陰で肌が傷だらけになったよ」
“その時の彼女は、何かに憑かれていたのかもしれない”
普段の冷静な彼女を知っている者としては、ついそんなことを考えてしまう。
程なくして、首尾良くその木を見つけたのだという。
祖父に聞いていた通り、パッと見た瞬間に「これが縁切りの木だ」とわかった。
リアリストの彼女には珍しく、なぜかそう確信できた。
理由はわからない。