友人の話。
実家近くの山に、転ばせ坂と呼ばれる坂があるのだそうだ。
そこには転ばせ様という鬼が住んでおり、通りがかる者を転倒させるのだという。
何度もそこを通ったことのある彼は、その言い伝えを微塵も信じていなかった。
先日帰郷した時のこと。
転ばせ坂を通りがかった彼は盛大に転けてしまった。
まるで誰かに足を掴まれたかのようだった、と彼は言う。
擦り剥いた左肘を庇いながら身を起こす … あれっ?
手首に巻いていた筈の腕時計が失くなっていた。
進学祝いに母が買ってくれた物だった。
必死になって辺りの草むらを探ったが、腕時計はもうどこにも見つからなかった。
落ち込んで家に帰ると、祖母が「どうしたの?」と聞いてきた。
事情を話すと、あらあらという顔をする。
「転ばせ様が人を転ばせるのは、その人が身に付けている物が欲しいからだって
言われとるよ。
転ばせたその隙に、こっそり掠めちゃうんだって」
祖母は更にこう教えてくれた。
「後で餅を搗いてあげるから、それ持って明日もう一度あそこに登っておいで。
腕時計はどうしても要るからこの御餅と交換して下さいって、丁寧に頼むんだよ」