それは、山形宮城両県境にまたがる田代峠から、更に入った山奥の附近 です。

地形がきわめて複雑なこと以外には、何の変哲もなくて、深い谷が 多く湿地が続いている山地ですが、地元の人々は古来から、この地域に 行った者は、再び戻ってこないとか、運よく帰れても発狂してしまったり、 突発的事故死が起きると伝えられています。

地獄の山との別名もあって、 山登りはもちろん、山菜取りの人も恐れて近寄らないくらいタブーの山で もあります。
太平洋戦争の末期に日本内地を移動中の旧海軍双発飛行機一機が、
地元住民の誰もが視認している中で、田代峠奥地の上空で急に飛行中
の機体が空中爆発して墜落した事件がありました。

捜索に出向いた現
職警察官と数名の消防団員達は、地元古老の制止を振り切って入山し
たまま、杳として消息を絶ち、更に救援に赴いた少数の海軍兵士さえ、 行方不明になってしまいました。

 数年前の冬です。今度は陸上自衛隊のヘリコプター機が訓練飛行中
に、田代峠奥地と推定される場所で、危険緊急電報を打電したきりで、 不明になったことがありました。空中からの捜索は行われましたが、近 代装備を誇る大勢の自衛隊員が来ましたのに、なぜか現場と覚しい所 までは直行せずに、何も回収しないで帰ってしまったのです。

私ならず とも、そこに何かあるはずだと思います。しかし、昭和五十年代のご時 世に、迷信や非科学的な現象が存在するはずがありません。

つづく