ザックには雄一郎さんの不整脈の薬のほか、高山病対策の薬や注射器も入っている。
出発前に読んだ小説で、高地脳浮腫に有効と書いてあった「デキサメサゾン(ステロイド剤)」の筋肉注射もあった。
「ああ、あの注射か」。シェルパに道具を出してもらい、自分でオーバーパンツの上から右ももに注射した。
注射から5分ほどすると、意識が徐々にはっきりしてきたが、手足のしびれは、右手右足の麻痺(まひ)に変わっていった。両足はほとんどふんばれず、左手でロープを握って滑るように下った。左隣の男性は相変わらず、「早く下りろ」などと話しかけてくる。
「早くって言ったって、足が動かないんだよ」と言い返したり、前後のシェルパを確認したり…。「死ぬかもしれない」と強烈に感じた。
C2(6400メートル)に着いたのは午後8時ごろ。BCにいた救急医療医の志賀尚子さんに無線で連絡した。志賀さんは高地脳浮腫と診断し、薬や酸素吸入を指示。豪太さんは翌26日午前、BCへ戻った。
エベレストでは今シーズン、無酸素登頂を目指したスイス人のベテラン登山家が死亡している。志賀さんは「デキサメサゾンを早い段階で投与したから意識障害が進まずに下りることができたんでしょう。よく打てましたね」と驚き、注射していなければ「120%危なかった」と話した。
回復した豪太さんは「お父さんのためにと勉強したことを、まさか自分に使うとは思わなかった。これほど死を意識したことはなかった」と振り返った。