「何だろう?」

トール・キーザーが思わず声に出し、テントの中で体を起こした。

「あれは何だったんだ?」

キーザーを含む1992年アメリカ=ロシア隊がK2の登頂を目指して
BC(ベースキャンプ)に到着したのはわずか数日前のことだった。

まだ夜中で辺りは暗く、BCの空気はいつになく静かで、キャンプ地の外れの岩場
を滴り落ちるせせらぎの様な音が聞こえるくらいだった。

だが、キーザーの聞いた音は何か違っていた、全く違っていた。
人の声だった。無線機で呼びかける声だった。

「キャンプ4からベースキャンプ、聞こえますか、どうぞ?」

何だ一体、また聞こえたぞ。
アドレナリンが駆け巡って、キーザーはテントから飛び出した。靴下だけの
足に石が冷たかった。辺りを見ると、同じ隊のスコット・フィッシャーも
テントから出て、立ち上がって辺りを見回していた。二人は目を見交わした。

二人とも何を耳にしたのか理解していた。

「ありゃ、一体何だったんだ? 山の上にはまだ誰もいない、そうだよな?」
「いる訳がない、一人も。」

つづく