「おお、あったあった」と素っ頓狂な父の声に振り返るT。

しかし、目に入ったのはバイクを手にした父の姿だけではない。

バイクが転がっていた草むらの中には、地元の人々からも忘れ去られたような小さな祠(ほこら)が佇んでいた。
それは祠本体と中の像がひとつの石材から彫り出された簡素な物だったが、像の部分はおぼろげでよく分からない形。

風雨に晒されて削り取られた…というよりは、むしろ人為的に打ち砕かれたのではないかとも思える。
Tは祠の事を聞こうとしたが、父はバイクがカスリ傷で済んだ事にご機嫌で、祠の事など眼中にないご様子。

帰宅してからTが祠の事を祖母に尋ねると、「口にしちゃならん!」と怒鳴られ、それ以上聞くに聞けない。

やはり、あの祠は何かあるらしい。そう思ったTは、日を改めてまた例の草むらに行ったものの、
生い茂った草に阻まれてか、再び祠を目にする事は叶わなかったという。

結局、事故と父の豹変、そして祠にどんな関連があったのか分からないまま、T家にいつもの日常が戻った…

ちなみに、この事故から一年くらい経って、Tに父からバイクを譲ってやるという話があったが、
祠と関わってしまったあのバイクには何となく乗りたくなかったそうで、
Tは学校を卒業するまで、雑木林の先の明かりを目指して懸命にペダルを漕ぎ続けたのである。