知り合いの話。

小学生の時、五月の八ケ岳で消え残りの雪に気を取られていて父親や他パーティーにおいてけぼりを喰った。

慌てて追い掛けようとすると、突然ひどく霧が立ちこめてきて、数メートル先も見えなくなった。半泣きで
「お父さーん、お父さーん」
と叫びながら手探りで霧を進むと、前方に背の高い影が現れた。

「お父さん?」
呼んでもその影は動かない。じっとこちらを伺っている様子だ。
「お父さん!」
急いで駆け寄ると、それは…
体長2m程のツキノワグマだった。

恐怖の余り固まってしまった彼の前を熊はゆっくり横切り、道の端から半分転がるように斜面を下りていった。

だが彼は完全に体がすくんでそのまま動けなくなってしまった。
体は冷たくなり、だんだん意識もぼやけ、気絶するかと思った時、霧の中から一匹のオコジョがひょっこり現れ、素早く彼に駆け登ると、頭の天辺で髪の毛をもしゃもしゃ噛った。

その途端、彼の硬直は解けて動けるようになり、間もなく彼を捜しにきた父親と逢えた。
あのオコジョは何かの「助けだった気がする」と彼は言っている。