とある年の初秋、越後の守門岳に登った時のこと。

 登っている途中から、今にも泣き出しそうな空だったが、
事もあろうに最高峰の袴岳の頂上で最初の1滴が顔に当たった。
あわてて引き返したが、時すでに遅く、大岳からの下りでは、
登山道に川みたいに水が流れるほどの大雨になった。

 雨に濡れ、ともすれば足が滑りそうな地面の状態の中、道に設置された
人工的な階段を、この時ばかりは心底有難いと思った。一歩一歩必死に下り、
ようやくにして登山口近くの「保久礼小屋」あたりまで戻ってきた頃には、
周囲は既に薄暗くなりかけていた。
 やれやれ、どうやら無事に終わった… 

私は、ほっと安堵の息をつき、
小屋の前を通過しかけたのだが…
 ふと、何物かの気配を感じ、私は、はっと小屋の方を振り返った。
 すると… 開け放たれた、その小屋の入口あたりに、白くぼうっとした
人影らしきものが、静かに佇んでいるのが一瞬、私の目に映った。

 ん、何だ?

 しかし、次の瞬間には、その人影は、さっと小屋の奥へと引っ込み、
姿を消してしまった。
 誰だろう…?
 それだけのことだった。しかし… その気配に、私は何故か本能的な身の
危険を漠然と感じ、思わず全身がゾーッとした。当然、その白い影の何たるかを
確かめるような勇気も起こらず、私は足早にその場を後にした…

 その後、年末までの間、私の身辺には、何故か様々な災難ばかりが降りかかった。
どうも釈然としない日々を過ごしていくうち、とうとう日光の根名草山への途中の
避難小屋で、はからずも死者を発見するに及び… まさか、あの守門岳の麓の
小屋で見た白い影は、今回の事件の予兆だったのでは… などと、

根拠もないままに思わず結びつけて考えてしまった次第。
 無論、白い影など、気のせいだったのかも知れないし、一連の災難も単なる
偶然の結果に過ぎなかったのかも知れない。が… 少なくともこれだけは断言できる。

山であろうと下界であろうと、妙なものを見た時には重々気をつけた方がよい。そういう時は、
たぶん心身が疲れていて、思わぬ災難に遭う場合がありうるのだということを…