こうなると皆、不満を忘れて安堵と、これから始まる祭本番に向けての喜びでいっぱいに
なり、楽しげに夫婦と話を始めた。

どうして戻って来れたのかと聞くと、この町の人が山にいて、方角を教えてくれたと言う。親父たちは捜索隊は若者だけだったし、祭の日はおじさん
と言われるような年の男は全員が子供と戯れているはずなので訝しく思ったそうな。

だが確かに、その男は「ああ、○○館の客か、あそこの坊も今ごろ気が気じゃないだろ」
と笑っていたらしい。
 山ん中で自活してる人でもいるのかなあ、と親父は思ったそうだが、弁当の紛失もあって
「山の神様」が導いてくれたということで皆は納得した。

尾根を越えたところに、宮司も誰もいないが、数年に一度、修復とお参りが行われる古い神社があるということも、その
説に寄与した。夫婦によるとおじさんは、山に入るにしては軽装で、荷物もなにもなく、
小じゃれた都会風のカジュアルウェアだったそうな。

山の神様もオシャレになったもんだ、とその夜の宴会で盛り上がったが、見るとチノパンにネルシャツとジャケット、という服装は祭の日のおじさん方の召し物そのものだったそうな。神様は山ん中できちんと
正装してくれているようだ。

災難だったのは旅館の主人で、弁当のために提供した重箱、三十数個が消失してしまい、祭明けに大きな出費を控えてしまった。「神様もよ、俺のこと知ってて気遣ってくれるなら、箱くらい返してくれていいのによ」と酔って愚痴っていたそうな。