涸沢から北穂に登った時、途中で完全にガスに巻かれて動けなくなった。

下でのんびりしすぎたおかげで既に午後3時。
ペンキの表示も見失い、さてどうしたものかと思っていたら、
左上の方から「カンカン」と石を強く叩く音が聞こえてきた。落石の音ではなさそう。
誰かいるのか?と思ってそちらに上がって行くと大きな石にぶち当たった。

その時、急に下の方から風が吹き上げて来た。
ガスが見る見る動いていくと、足元ほんの少しの所から涸沢に向かってまっすぐに落ちこんでいた。
自分はルートからかなり外れて来てしまっていたのだ。
いやあ危ない危ない、と先ほどの岩を何気に見ると、そこには慰霊のプレートが貼り付けてあった。

(よくは読まなかったが)ガスに巻かれてここから落ちた青年のものらしかった。
周りには他に誰もおらず、さっきの「カンカン」の音源は見当たらなかった。
目の前では、飛騨側から乗越を越えてきた雲が涸沢側の上昇気流に煽られてくるくると巻かれては消えていく。

黄昏の太陽を受けて前尾根が金色に輝いている。
ここに呼ばれた理由はよく分からなかったが、悪い気分にはならなかった。
「ひとりは寂しいけど、良い景色ですね」石に寄りかかって独り言をつぶやいてみる。
「あ、最近はこんな携帯食もあるんですよ」とカロリーメイトブロックを半分こし、水筒の水をレリーフにたらした。

「じゃ、失礼します。お招きありがとう。」
元の場所まで戻ると、今度はガスも晴れてあっさりと道が見つかった。
山小屋には顰蹙を買わない程度の時間に着いた。
テラスで余り冷えていない缶ビールを飲みながら「帰りにビール置いてきてやろうかな?」と心地よい疲れの中でぼんやりと考えていた。

翌日、明るい午前の下りでは道に迷う事も無くわき道も見つからず、
従って彼にビールを届ける事も無く下山した。
その後北穂ルートは通らず(槍沢かザイテングラードばかり)そのうち私は九州にUターンした。
彼は今でも、多分、アサヒスーパードライの存在を知らぬまま涸沢を見下ろして過ごしているのだろう。