「そんな父が、去年の暮れに息を引き取りました。でも、1週間を越えても魂が移ったしるしがありません。4・5日なら世間でもよくありますが…生前の行ないが悪かったので、仕方ないと言えば仕方ない事でした」そう言って、彼は悲しそうな顔をした。

こちらでは、呼吸が止まっても、魂がその人の身体から抜け出したしるしが無ければ、葬式は出来ない。

「お坊様にも来て頂きましたが、このような場合は初めてだとおっしゃって、困っておいででした。家族も、親類も、皆それで大変悩んでいたのですが、今月の5日の朝、急にしるしが現われていて、ようやく葬式を出す事が出来たのです」
彼の目にほんの少し、涙が滲んだ。

「式の後で父の遺品を整理していると、愛用の荷車の中から、少しのお金と飴と、何か見た事もない飾り物が出て来ました。それで、我々家族にも合点がいったのです。良くないモノになって彷徨っていた父に、誰方かがお供えをして下さったのだと」
彼は言葉を切り、俺達に向かって両手を合わせ、瞑目する。

そして、彼はその飾り物が異国の物だったので、まずエアポートホテルを訪ねて行き、そこで“鬼叫”の話と俺達の事を聞き、やがてここまで辿り着いたと言う訳だった。

目的を果たした青年は、晴れ晴れとして帰って行く。
その後姿を見送りながら、主任が俺に言った。
「…あの時の爺さんの表情と、あの涙の訳が、少しわかったような気がするよ…」
「そうですね…」

物はあくまで物でしかない。だが、そこに気持ちが加わった時、物は単なる物ではなく、気持ちを伝える器になる。
一滴の水がやがて大河になるように、一片の温もりが誰かを救う事も有るのだと知った。