一気に呪縛が解け、彼は全速力でその場から逃げ出した。
そして、ほうほうのていで家へ辿り着いたのだが、そのまますぐ高熱を発して倒れ、寝込んでしまった。
毛布や布団を数枚重ね、コタツを入れ、ストーブを焚いてもまだ寒く、解熱剤を服用しても熱は下がらない。ほんの僅か大きく息をしてさえ、体中の関節が軋むようだ。
頭は割れそうな程強烈に痛み、眠る事すらままならない。
そんな彼の枕元へ、家の猫がそっと近づいて来てぺたんと座ると、何故か尻尾の先で彼の額をポン、ポンと軽く叩き始めた。
これ、と家人が猫をたしなめ、別室へ連れ去るのだが、気が付けばまた舞い戻り、尻尾の先でポン、ポンとやりだす。
不思議な事に、そうされると苦しさが幾分楽になる。と、彼が家人に告げたので、猫はそのまま放っておかれることになった。
何時しか少し眠ってしまっていたらしい。彼が気づいた時、辺りはもうすっかり暗くなっており、側には誰も居らず、部屋はしんと静まり返っていた。
猫は相変わらず、尻尾で彼の額をポン、ポンと軽く叩いている。あれからずっとこうしていたのだろうか。彼は思わず胸が熱くなった。
「…もういいよ、お前も疲れたろ?」
出ない声で語りかけると、猫は彼の顔を見ながら顔をほころばせ、「ふふふ…」と優しい声を立てて笑った。
「ありがとう、な」撫でてやりたいが、それも出来ない自分が口惜しかった。
「ふふふ…」猫は再び人間のように笑い、心配しなくてもいいんだよ、とでも言いたげに、なお優しく尻尾で彼の額を叩き続けた。
翌朝、彼が目覚めた時、高熱も頭痛も、何もかもが嘘のようにきれいさっぱり消え失せていた。
そして、老猫の姿もまたふっつりと見えなくなっていた。
家族で一生懸命辺りを探し、近所の人にも声を掛けて探してもらったが、やはり何処にも見つからない。
「よれよれでもいいから、帰って来て欲しい。今度は俺が面倒見てやるから」
彼は今日も猫を探している。