妻はすぐに絵を描くのをやめさせ、夫を病院へと連れていった。
入院するほどのひどい病状ではなかったのは、貧しい二人には不幸中の幸いだった。
しかし、医師から筆を折る事を勧められたのは、夫にとっては酷だったようだ。
しばらくして、夫は絵を描くのをぱったりと辞めた。かといって、勤めに出るわけでもなく、毎日、窓の外の山を眺めているのだった。
そんな停滞した時が幾日か続いた。
ある日、夫は忽然と姿を消した。跡には、いつのまにか完成された例の絵と「山が呼ぶから、ちょっと行ってきます。」という書置きが遺されていた。
妻は警察に捜索願いを出したが、行き先が判っていたのですぐに見つかった。
だが、その姿はあまりにも変わり果てていた。
夫は自宅の窓から見える山の頂上で、遺体として発見された。
遺体はバラバラに引き裂かれ、それぞれ、12本の木の枝に紫紺の紐で結びつけられていた。
警察は猟奇的な殺人事件として捜査したが、未解決のままだ。
妻は身内だけのひっそりとした葬儀を執り行った後、山の見えない地へと移った。
あの絵の所在は分からないという。