しばらくの間、感動してそこに立ち尽くしていたが、辺りが暗くなり始めて、ふと、自分が道に迷っていたことを思い出した。
しかし、一度興奮した頭が簡単に冷めるはずもなく、あろうことか、荷物をそこへ置きっぱなしにして下山を開始した。頭の中は、
それを人に話してやることでいっぱいだったのだ。
どこをどう進んだのかもわからなかったが、難なく山を降りることが出来た。
一安心して、荷物を全て置きっぱなしにしていたことに気づいたが、そのころには、辺りはすっかり真っ暗になっており、引き返すのは、
あまりに危険であった。それにしても、現在地がわからない。場所を告げる標識すら立っていないど田舎である。宿に戻ることも出来ない。
幸いなことに、近くに一軒だけ民家があった。迷惑を承知で、恥を忍んで戸を叩くと、人の良さそうな老夫婦が顔を出し、こちらの格好を見ると
事情説明を訊くまでもなく、快く家へ招き入れてくれた。今日はもう遅いからと、食事、風呂、寝床までを用意してくれた。
彼らの手際の良さと、疲労とで、流されるままだったのだ。結局、一晩お世話になることとなった。
翌朝、彼らに泊めてくれた理由を訊ねると、驚くことに、毎年、このような登山者が数人現れるそうだ。それで、共通するものを見て、
事情を訊くまでもなく、招き入れたのだという。
なるほど、広場にあった登山バッグは、そういった類のものだったのかと、一人納得した。
その後、あのたらの木を探しに行ったのだが、いくら探しても見つかることはなかった。
あれは、そうやって、登山者から食料を奪い、成長していったものなのかもしれない。