友人が山のお社に篭ったときのこと。

篭るのはいつも夜、そう高い山ではないがイノシシがいる。
経文を唱えながら歩を進めていくと、ブゴッ、ブゴゴッという荒い鼻息が間近から聞こえてくる。

藪を挟んで気配と対峙し、「ここの神さんへのお参りだよ。お前さんの邪魔はしない。」と話しかけ、気合を高めながら経文を唱える。唱える。ひたすら唱え続ける。
急に一陣の風が合間を縫うように吹き抜ける。

と、荒かった鼻息が遠ざかっていった。
その後は何事も順調に修行を続け、神さんと語らい、朝になると共に山から下りた。

「猪突猛進されなかったん?」と尋ねると
「そらー、猪だって神さんのお山で神さんのマブの俺にゃ手、出さんよ。いや足か牙かは知らんがな。」
と相変わらず笑っていた。
…あの時、彼の靴の裏についていたのは猪の糞じゃなかったかなあと、今思い出してみたり。