中秋の名月の日、その神社の神輿は、何処へとも知れず借りられて行く。
鍵のかかった蔵の中から、忽然と姿を消してしまう。
誰が持ち出すのか、誰一人、神主さえ知らない。
しかし、黙って持ち出して行くのではない。
夏越の祓の終わった夜、神主に、戸外から何かが声を掛けて来る。
「もうし、神主様。今年もお神輿お貸し下されい」と。
何代も何代も、ずっと昔からの事だと言う。
「決して、粗末には致しませぬから」
その言葉通り、神輿が汚れたり傷んだりしたまま返された事は、かつて一度たりとも無い。
ただ時折、よほど急いで戻しに来たのか、それとも単に外し忘れたのか、その辺りには生えない梛の小枝が、御簾に挿さったままの事がある。
そして、神輿の戻った朝には、山盛りの栗や茸や果物、時には岩魚などが、真新しい笊に笹やヒバを引いた上に乗せて、神前に供えられている。
「これもそうです」
神主が分けてくれた焼き栗は、小粒だが甘くてとても旨かった。