山奥の廃病院。
以前は、今ほどの山奥ではなかった。
その地方の実業家が金を出した病院で、その頃は
近在に、それなりの町があった。
実のところ、病院という呼び方は、正確ではなかった。
美容整形手術を専らとする施設で、名称のどこにも
病院という言葉は、無かった。
当時、美容整形とは言わず、変身術などといわれた。
手術後、晴れ晴れと病院を出て、迎えの自動車で
山を降り、東京や大阪に代表される大都市へと
去って行く者が居る。
入院期間は長いが、帰る者の表情は明るい。
どれほどの大金を費やしたのだろう。
一方、帰らない者が居る。
手術に失敗し、自らの容姿に絶望した者たちだ。
失敗の噂は広まりやすく、長く残る。
そして、美容整形に成功したからといって、それを
言いふらす者は、ほとんどいない。
新たな入院者を迎えないまま「病院」は寂れ、
やがて、妖怪や化け物が、山に出没するようになった。
無論、妖怪などと呼ばれたのは入院者だ。
世界的な不況の中、病院に出資した実業家が破産すると、
入院者の家からの仕送りで病院は維持されたが、
財政難はどうにもならず、入院者の待遇は悪化した。
職員から入院者への虐待が始まった。
入院者が、恵まれた階層の出身だったことが、虐待の
大きな原因のひとつだった。
付け届けなどの役得も、無くなったのだろう。
暴行により、顔面がひどく損傷している者が多かった。
その姿が、化け物の噂をさらに強固なものにした。
入院者全員が精神異常者だと、職員が広めていた。
病院を脱出する者は多かったが、
化け物か異常者として扱われ、いずれにしても
病院へ戻された。
逃げ出したところで、道は麓まで一本しかない。
逃げ切れるはずもなかった。
入院者が死亡しても、家族には知らせず、
仕送りを職員が着服していたという噂がある。
「その頃はよ、あんた」
「うちのじいさん、羽振り良かったんだから」
そう話す老婆の夫は、数年前、何者かに暴行され、
その傷がもとで死亡した。
入院患者全員が死亡したか、実は分からない。