山の神を助けたというのが、小屋の爺さんの自慢だ。
春先、山道の具合を確かめようと山に入り、
死にかけた犬を保護したという。
背負子に縛り付けて山を降り、ジープに乗せて
麓にある家まで連れ帰った。
翌日には動物病院へ連れて行くつもりで、一晩。
朝になると、犬は姿を消していた。
犬が寝ていた布団からは、ほんのり香りが立っていた。
年によっては、初夏でも5メートルを越える積雪。
多くの小屋が積雪による被害を受け、夏の開業前に
修繕を余儀なくされる中、犬を助けて以来、
爺さんの小屋は、修繕と無縁だ。
爺さんの小屋の周りだけ、雪が消えているのだという。
丸木や石で組んだ階段の修理さえ不要になった。
爺さんは神棚に、犬のぬいぐるみを置き、水と飯を供える。
秋、雪が降る前に小屋を閉め、爺さんは山を降りる。
犬のぬいぐるみは、家の神棚に安置される。
ある年、最後の客となった俺は小屋の片付けを手伝い、
その礼として、爺さんの家に招かれた。
夜は犬を寝かせたという縁起物の布団に寝かされ、
翌朝、ジープで町まで送ってもらった。
「燃料がな、あれ以来、満タンのままなんだ」
犬を助けて以来、爺さんのジープは給油をしていない。