夜間、ドアをノックされても、決して開けるな。
丹沢山中の、とある避難小屋に伝わる話だが、
小屋やテント場には、いくらでもそんな話がある。
飯を食ってしまうと、これといって用事も無い。
ヘッドランプでは、小屋の一部しか照らせない。
眠るでもなく横になり、ぼんやりしていた。
時に意識が冴え、明日のルートを考えたりしていた。
塔ノ岳までは、必ず行く。
その先、どう降りるか。
高校時代からのホームグラウンドのようなところだ。
体調や気分次第で、どうにでも歩ける。
こん、とドアが鳴ったのは、そんな時だ。
一度だけ、誰かがドアを叩いた。
決して開けるな。
開けると何が居るのか、それを見るとどうなるのか、
聞いたことは無かった。
外に居るのが何者か、想像している方がよほど怖い。
きっと何も居ないだろうと決め、ドアを開けた。
開けると同時に、胸に痛みと軽い衝撃。
小石が跳ね、足元に落ちた。
石を拾い、前方の暗がりを長いこと見つめた。
ほんの今、ドアを鳴らしたはずの石は暗がりの中、どこにも見えない。
投げ返してやろうか。
結局、小石をそっと置き、ドアを静かに閉めた。
ドアは二度と鳴らなかった。