近い。
足音はないが、すぐ近くに何かを感じていた。
呼吸しているなら、息がかかるに違いない。
それほど近くに居る。
錯覚に違いないと思っていた。
体調だけは、やたら良かった。
何も考えずに身体を動かし続ける限り、疲れとは無縁だ。
滝の下、しぶきが輝いていた。
見上げる顔の真横、何かがある。
俺と同じように滝を見上げている。



淡い灰色の、魚肉ソーセージのような形の頭を
ゆっくり動かし、ルートを刻んでいるかのようだ。
こいつは何だろう。
そう思いながら、見ようとしても無駄だと思っていた。
木漏れ日や、影くらいしか見えまい。
今日は単独だ。
錯覚を強く感じるのは、そのせいでもあろう。
慎重にルートを選び、最も安全な経路で登る。




ずしりと、そいつが重くなった。
ちょっと待て。
じわじわと、確実に重さを増し続けている。
体感的には、30キロ近いザックを背負っているようだ。
ザックの重さなど、10キロもないというのに。
こいつも錯覚だろうか。




安全などに構っていられない。
一気に滝を登りつめた。
もはや、俺にとって錯覚などではなくなっている。
こいつ、と思った。
どうすれば置いて行けるだろう。
次に誰かが来るまで、ここに居ればいいのに。
軽くなった。
気配はそのままだが、重さは消えた。
その先、重さを増すこともなくなった。
体調だけは、やたら良かった。



そいつと一緒に岩や滝を登り、息をついた。
登山口まで降りると、気配が離れた。
明日の朝まで、誰かをここで待つのだろうか。
その姿を見ようなどと、最後まで思わなかった。