知人の運転する車で、渓谷沿いの九十九折れを走っていた。
左側には切り立った崖、右側は切れ落ちた崖が、ずっと下の
急流に突き立っている。
もはや、深夜といって良い時間、本来なら、翌日に山を
歩くなどとんでもない話だったが、元気はあっても時間が
ない俺たちには、こうした山行が多かった。
前方、ヘッドライトを見つけ、知人は車を待避所に入れて
ライトを消し、すれ違いを待った。
前方の車は、そのもっさりした動きで、バスと知れた。
夜露で湿った色の山肌を照らし、近付いて来る。
走ってきたのは、路線バスだった。
行き先は、一時間半ほど下った鉄道駅。
運転手の影、その後ろの客席の天井に据えられている照明は
蛍光灯ではなく電球だろうか。
黄色っぽい光が、ぼんやり点っている。
運転手と目が合った。
手を上げ、運転手が笑ってこちらに挨拶した。
すれ違いのため、バスが少し谷側に寄った。
運転手の目は、俺に据えられたままだ。
そのまま俺の後ろに運転手は去った。
肩口のあたり、ぞくっと来た。
バスの客席に座る、そう多くもない乗客全員が、こちらを、
知人を見ている。
なぜ乗客の顔がこんなによく見えるのか、バスの車内は暗い。
知人は、目をかたく閉じている。
谷側に寄るバスが向こう側に傾いたように見えた。
乗客は、運転席の知人を見続けている。
運転手の姿は見えない。
バスがひときわ大きく傾き、バスは左前あたりから、斜めに
谷へ引き込まれた。
音もなく、姿を消した。
俺たちの車のエンジンは止まっていた。