つっかえ棒をした次の夜。
ふと目が覚めた。コンコンという小さな音が聞こえていた。
誰かが窓を叩いている。
無視していたが、しつこく叩かれたので、段々と腹が立ってきた。
おもむろに起き上がり、窓まで歩いて一発張り手をかましてやった。
その夜は、もう音はしなかった。


異変が起こり始めて三日目、仕事で外回りをしている時のこと。
後ろからパッシングしてくる車がいた。
誰かと思えば、消防団の仲間だ。
近くのコンビニの駐車場に入ると、彼も後を着いて来た。
手を上げて挨拶をすると、向こうも挨拶を返してきたが、
「あれぇ?」
いきなり素っ頓狂な声を上げる。
何事だ?と尋ねると、


「いや、後部座席に女が座っていたから冷やかそうと思ったんだけど。
 見間違えかな。確かに見えたんだけどなぁ」
見間違えだ。そう言い切って、それ以上話題にはしなかった。


その夜は、何も起こらなかった。
気持ち良く朝を迎え、もう解決したのかなぁ、とのんびり考えた。
ホッとしながら外に出て、新聞を取りに行く。
戻る途中で嫌な物を見つけてしまった。
鼠の頭だ。猫の食べ残しらしい。
丁度、私の部屋の窓の下に落ちていた。
顔をしかめ、火箸で取り除く。


いつの間にか猫が現れ、私のすることをじっと見ていた。
狩りは結構だが、こんな所に捨ててくれるなよ。
猫にそう語りかけて家に入った。
それからも何回か、鼠の残骸が窓の下に落ちていた。
そのうちに、私は妙な思いに捕らわれた。
鼠が捨てられている時は、窓を叩く音がしない日と、不思議にも一致していたのだ。


これはひょっとして、猫なりの魔除けとして置かれているのではないか。
我ながら馬鹿々々しいとは思ったが、どうもそんな気がしてならなかった。
しかし、この今朝も、鼠の死骸がうち捨てられていた。
やはり、単なる偶然だったのかもしれない。


睡眠不足でも、変な物に憑きまとわれようと、人間、欲望というものは有るようだ。
夜遅く自分の部屋で、知人から貰ったDVDビデオを引っ張り出した。
ラベルには「世界名作全集」などと下手な字で書かれている。
ここでは、内容について詳しくは語らない。
いそいそとプレイヤーの準備をしている手が、不意に止まった。


まだスイッチを入れられていないテレビのディスプレイに、部屋の様子が映っていた。
テレビの前に座った私。
そして、私の後ろに立っている誰か。
直視するようなことはせず、おもむろに手近なDVDに入れ替え、スイッチを入れた。
始まったのは「キャプテンスーパーマーケット」だった。


しまった! ドリフを選んだつもりが、よりによってホラーなぞ選んでしまった!
焦っていると、背後の障子がタン、と音を立てた。
理由はわからないが、何かが部屋から居なくなったことは理解出来た。
スプラッタホラーはお気に召さなかったらしい。
何となく、ざまあみろ、と思った。


私の仕事業務は営業も兼ねているので、携帯電話をよく使う。
ある下請け業者と話している時に、相手が奇妙な指摘をしてきた。
「あれ、今どこにいますか?」
新築の現場だけど。釘打ちの音が聞こえるでしょう?
「やっぱりそうですよね。じゃあ電話が混線でもしているのかな」
何のこと?


「いや、誰か女性が一緒にいるのかと思って。
 時々クスクスって笑い声が聞こえるんですよ。」
この辺は、電波状態が悪いみたいだからね。
そう答えて、電話を切る。
既に、何人かに同じことを言われていた。
努めて気にしないことにした。

そんな中、商工会の会合に参加した。
途中、電話を受けたので抜け出し、ついでにトイレに行くことにした。
会議所のトイレは電気が消されており、誰も居ない。
夜も遅いので、当然と言えば当然だ。
用を済ませ手を洗っていると、すぐ背後から声が聞こえた。
微かだが、間違いなく女性の声だ。
♪フンフフ~ン♪と、鼻歌をハミングしている。


ゆっくりと振り返る。
予想はしていたが、誰も居なかった。
しかし、ハミングは楽し気に続いている。
出来るだけそっと、トイレを出て電気を消した。
席に戻りしばらくして、先輩が「トイレ」と言って部屋を出た。
帰ってきた先輩に、何か妙なことはなかったと、思わず尋ねてしまった。
「いや、」と先輩は苦笑いして言った。


「なぜか嫌な雰囲気を感じたんでね。結局行かずに、我慢することにした」
ポツポツと、自分の今の状況をかい摘んで説明した。
自分でも何が起こっているのか、本当はよくわかってはいないのだが。
「何か拾ったんじゃないか。注意しろよ、本当に」
気にかけてくれて嬉しかったが、一体何をどう注意すれば良いのだろう。
まったく見当もつかない。


猫の魔除け?のせいか、窓が音を立てることは少なくなっていた。
しかし、事態は更に悪くなっていたようだ。
その頃、私は左半身を下にして寝るようになっていた。
丁度、壁と向き合うような格好で寝ていた。
うっかり右を向いてしまうと、目の前にぼんやりと見えることがあったからだ。
こちらを向いて揃えられている、裸足の爪先が。


もっとも、見えるというだけで、別に何も起こりはしなかったのだけど。


その夜は、地元の祭りの前日だった。
この数日の寝不足が祟ったのか、布団に入るとすぐに寝てしまったらしい。
明け方、気がつくと畳の上で寝ていた。
寝ている間に、涼を求めて布団から畳の上に転がっていったのだろう。
頭が、コツンと畳に落ちたせいで目が覚めたのだ。
誰かが頭の下の枕を抜き取ったらしい。


寝ぼけ眼で身体を起こすと、すぐ横の布団上に枕があった。
もう一眠りしようと引き寄せたのだが、その枕に違和感を覚えた。
冷たい。これは今まで頭に敷いていた物じゃないぞ。
では、一体何を自分は枕にしていたのか。
だれが枕を引き抜いたのか。
寝惚けた私はそこまで考えるのが限界で、またすぐに眠ってしまった。


翌朝起きてから、このことを思い出して悩むことになる。
久しぶりに熟睡できたことは救いだったが。


地元の祭りがおこなわれた日。
神社から御輿が出て、町の中を練り歩くという祭りだ。
御輿に神様が入られて、町中の氏子に福を授けに降りていく、ということらしい。
私は氏子の一人として、御輿の担ぎ手に参加した。
親戚が子供を連れて見物に来たのだが、終った後に妙なことを言う。


「お前さんの後に、誰かが見えたんだ。
 いや、見えたような気がするだけなのかもしれないけど。
 それがさ、祭りの跳ねる頃には、まったく見えなくなっていたんだよ」
気のせいですよ、気のせい。そう言い切って話は終わった。
しかし、この祭り以降、私の身に何ら怪しい現象は起こらなくなった。


祭りの前に受けた禊で浄化されたのか、はたまた誰かについて行ったのか。
後者ではないことを望んでいる。