念仏を唱えながら火の番を続けるうちに、ようやく東の空が白んできた。あたりの様子が判るくらいに明るくなった頃、
祖父(親父の父親)が、二人分の弁当を持って山に上がってきた。 「どうだ?」
「いや、昨日の夕方から焼いてるんだが、釜の中へ火が入らないんだ。」
親父は昨夜の怪異については口にしなかった。 「どれ、俺が見てやる。」祖父は釜の裏に回って、煙突の煙に手をかざして言った。「そろそろ温くなっとる。」そのまま、温度を見ようと、 釜の上に手をついた。
「ここはまだ冷たいな・・」そう言いながら、炭釜の天井部分に乗り上がった・・・
ボゴッ
鈍い音がして、釜の天井が崩れ、祖父が炭釜の中に転落した。親父は慌てて祖父を助けようとしたが、足場の悪さと、立ちこめる煙と灰が邪魔をする。
親父は、火傷を負いながらも、祖父を救うべく釜の上に足をかけた。釜の中は地獄の業火のように真っ赤だった。火はとっくに釜の中まで回っていたのだ。悪戦苦闘の末、ようやく祖父の体を引きずり出した頃には、
顔や胸のあたりまでがグチャグチャに焼けただれて、すでに息は無かった。 目の前で起きた惨劇が信じられず、親父はしばし惚けていた。が、すぐに気を取り直し、下山することにした。しかし、祖父の死体を背負って、急な山道を下るのは不可能に思えた。親父は一人、小一時間ほどかけて、祖父の軽トラックが止めてある道端まで山を下った。村の知り合いを連れて、炭小屋の所まで戻ってみると、祖父の死体に異変が起きていた。 焼けただれた上半身だけが白骨化していたのだ。まるでしゃぶり尽くしたかのように、白い骨だけが残されている。対照的に下半身は手つかずで、臓器もそっくり残っていた。通常、熊や野犬などの獣が獲物の臓物から食らう。 それに、このあたりには、そんな大型の肉食獣などいないはずだった。その場に居合わせた全員が、死体の様子が異常だということに気付いていた。にも拘わらす、誰もそのことには触れない。黙々と祖父の死体を運び始めた。親父が何か言おうとすると、皆が静かに首を横に振る。親父は、そこで気付いた。これはタブーに類することなのだ、と。昨夜、親父のところへやってきた訪問者が何者なのか?祖父の死体を荒らしたのは何なのか?その問いには、誰も答えられない。誰も口に出来ない。「そういうことになっているんだ。」村の年寄りは、親父にそう言ったそうだ。 今でも野犬に襲われた事になってる