昭和の子供なのだ! -140ページ目

ミ ッ ツ ア ン - ②

九州の豪雨、心配なんですが・・・・・・

前回に続きまして ミッツアンについて・・・・


昭和の子供なのだ!


時にはロマンチックに < オワは永遠の放浪者や! >

と言ってみたりします

単に帰宅拒否症か恐怖症なだけなんです

放浪者っていうより浮浪者に見えることもあります

・ちょっとしたトラブルで警察へ行き、そこで取り調官に腹を立て机をひっくり返して

暴れたら、頼むから帰ってくれと懇願されたとか

・新商品企画のプレゼンで役員の詰問に言葉を無くし

< これは神のお告げです・・・ > と言ってしまったとか

(これには役員が呆気にとられ通っちゃたとヨエツ氏から聞きました)

・思い出したんでついでに、彼の同僚で、やはりバイク仲間のヨエツ氏は

冬でも走れるぞーっ!で両足に子供用のスキーを付けて

走ったらしいんですが、そんな足でフットブレーキが掛けられず

フロントブレーキだけでコントロールを失い塀にぶつかって怪我をしました

彼の話は股・・・・

・ハミ禁で捕まったら < オワははみ出しとらん!本人が言うがやから間違いない!

善良な市民を信じんちゃどういうこっちゃ!何センチ何ミリはみだしとったん

証拠があるなら持ってこい!オレのほうがお前より近くで見とっから信頼性があるわい

お前の眼は節穴かぁ!文句があるならオレんちへ来い >

・新宿歌舞伎町のオカマ・バーから会社のミッツアンの所へ夏冬の挨拶状が届き

また遊びにいらっして・・・の添え書きが

絶対、誰かにハメられていると言いながら、まんざらでもない顔をしてました

・色々あります・・・思い出したらまたいづ


昭和の子供なのだ!



昭和の子供なのだ!



昭和の子供なのだ!



・18年前、ミッツアンと一緒にハーレーのスポーツスターを買いました

柄にもなく、石川県の有名神社でお祓いまで受けたんですが・・・・・・

1年後、一緒に走っててトラックを追い越してる最中、突然ミッションが壊れ

ケースが爆発してロック、あやうくあの世行き

道路にオイルやら壊れた部品が川状に散乱したっていう悲劇を乗り越え

バイク屋に捨ててあったでっかいハーレーを15万円で買いレストア

風防サイドバッグも真っ白にして再びハーレーに返り咲き

それも長続きせず、ある日、車体一面丹念に般若心経で埋め尽くした姿で

現れます(耳ない芳一状態です、怪談)これが壊れる初めでした

ある日、お世話になってる車屋さんへたまたま来てたお客さんが

< 昨日、北陸高速でハーレーを押して歩いてる人を見たじゃ

   そのハーレー、タンクから何からビッシリ字みたいなもんが書いてあってのー >

それからしばらく経って、般若心経ハーレーは見る影もなく

汚いドブネズミ色に塗られていました

< おふくろに見つかって、このバチ当たりが!ってえらい怒ったもんやからのぉ・・・ >

以来、農閑期になると、行き場のない創造性をこのハーレーにブチ込み続けますが

いかんせん、哀しき貧乏 <おわの理想とはかけ離れとる、金さえありゃのぉ・・・>

100円ショップ、DIYへせっせと通い、シート、グリップ、バッテリーケース等々は

削り出しの木製、エアクリーナーカバーはサラダボウルで出来ています

恥知らずハーレー農閑期仕様100円ショップスペシャル の誕生です

上写真の最後は一番最近のものですが、前面には金の龍の置物を飾り

ジュラシックパーク風の雰囲気を演出してるそう、木製シートにSM縄縛りは

< さすがのオワも縛り目がケツの穴に食い込んで痛ってかなわんわ >

で、来春は外すそうです



昭和の子供なのだ!


・2升3ジョッキにウイスキーちびちびやりながら < 歳くったら弱なってのー >


昭和の子供なのだ!


・タフなミッツアンも膝に水がたまり



昭和の子供なのだ!

・時々、おもらしもするようになりました



昭和の子供なのだ!

それでも、これからも元気よく走り続けるでしょう

走り続けてほしい(迷惑はかけてほしくないけど・・150も出して走るなよ、バカか!)


バーカァ、バカバカバカバカァ~ン・・・プシュ


思いつくままテキトーに落書きしてしまいました

もし、ミッツアンがこれを見ても怒らないと思います、多分

彼は心の広い人間ですから(腹も広いけど)




















昭和の子供なのだ!


      ■ ↑ホームページ <昭和の子供たち・やよい町15番
















ミ ッ ツ ア ン - ①

前ブログに登場したミッツアンを、敬愛をこめて紹介したいと思います

当然、本人には内緒です


昭和の子供なのだ!

当年、65歳

高校の1年先輩でした

部活(美術クラブ)でも問答無用の神のごとき先輩ではあったんですが

箒をつかったチャンバラ・ゴッコや忍者ゴッコをしてらっしゃった記憶しかありません


昭和の子供なのだ!


縁とは不思議なもので

ボクが個人事務所を開いた際、何気なく案内状を送ったことから

ミッツアンと仕事上の付き合いが始まりました

バイクでの付き合いも同時に始まりましたが

仕事では上写真とような温和な容貌からは想像のできない厳しさ

袖の下が通じるような人間ではありません

開発部の鬼、ブルドーザーと評され

人を見かけ、風貌から判断してはいけないと思い知らされました


類まれなる先見性と、デザイン感覚

一緒に仕事をさせていただき素敵な時間を共有できたのを

今でも深く感謝しています


昭和の子供なのだ!



昭和の子供なのだ!


時には、神さま仏さま にも見えるミッツアン

彼には昔の日本人の持っていた

義理固く、人情篤いキップというか美徳のようなものが

すべて詰まっているような気がします

脂肪もタップリ詰まっています


そんな彼も人間、弱点があったんですねぇ

呑む、打つ、買う、暴れる・・・・・・です


そんな彼ですからエピソードには事欠きません



                                       最後まで書いたのに

                                       消えてしまいました・・・・

                                       つづく、元気があれば

                                       













昭和の子供なのだ!


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思い出のサクランボ


昭和の子供なのだ!

一昨日、熟れたサトウニシキをいただいて・・・・・・腹いっぱい食べました

残ったのがこれです

思い出のサクランボ



14~15年前の今頃

ミッツアンと二人で竜飛岬津軽海峡冬景色を唄おうツーリングに行きました

ミッツアンは当ブログに時々登場する

ハーレー恥知らず100円ショップスペシャルの彼です

ミッツアンは一応会社員、ボクは一応自営業で当時は結構忙しく

そんなに時間はとれませんの夜行2泊3日

で、彼の会社が引けてのPM7時から出発、2台のバイクを連ね夜中走り続け

翌日の昼過ぎには竜飛岬に届く予定でした



きっと暑いだろうからと、ボクはヘルメットの額辺りにドリルで3個穴を開け

風が通るようにもしたもんです(当時は通気性のあるヘルは無かった?)

日本海沿岸をひたすら北上、新潟を過ぎ山形へ入った辺りから

左から潮騒の音で海の傍を走ってるとわかるような街灯もなく真っ暗な

道をひた走るうちにドンドン気温が下がりだし

ヘルの穴から頭が痛くなるほどの冷気が入るんでガムテープで塞いだほどです

秋田市についたのは翌朝の5時頃でした

あまりにも眠く寒いんで、どこかで風呂に入って仮眠できる所を探そうになり

駅前へ行き、タクシーの運転手さんだったら知ってるだろうとミッツアンが

<ちょっと 聞いてみんがいけどー どっかこのへんに

          ふろはいって やすめっとこちゃ あっかねー>

運転手さんはキョトンとして、何か言ってるようだったけど・・・

何度かのやりとりのあとミッツアンが

<おい、なんちゅう田舎や、ここ東北ちゃ 日本語通じんわぃ よわったのー>

で、今度はボクが普通の日本語で尋ねたら運転手さんが温泉+朝食+休憩

の場所を丁寧に教えてくれたあと

<あのアンチャン、訛りひどいねー>・・・・・


温泉に入り、朝食を食べ、1時間ほど仮眠して出発

青森県に入る辺りからポツポツきて、やがて暴風雨

カッパを着ててもグチャグチャになるほどの雨風の中を走り五所川原を過ぎ

十三湖まで来て竜飛岬は目鼻の先っていう所で入ったお店で

竜飛へ行く道路が崖崩れで通行止め!を聞いて

陸奥湾沿いの道路だったら行けるかもって言われたってもう PM4時

そんな気力はありません

困ってたら、お店の人が向かいにある旅館を紹介してくれたのは

神様仏様稲尾様

旅館は津軽にあるのに紀州屋(安い美味しい綺麗だった)

でも、窓から眺める風雨の十三湖は死にたくなるような風景でした

太宰治の出身地っていうのがなんとなくわかるようなわからんような

朝4時過ぎ、テレビの音で目が覚め

見るとミッツアンがうつろな目でフランス語講座を凝視しています

<どうした?>

<なーん、目が覚めて寝れんもんやからテレビ見とった

        こんなもんしかやっとらんしのぉ

          あんた気にせんと寝とられ・・・・・>



朝曇りの中、遮光土偶のモニュメントを恨めし気に見ながら

来た道を戻ります3~4時間

途中、ようやく見つけた漁港の中にある食堂で昼食を頼んでいたら

旗を掲げて数台の暴走族が通り過ぎて行く

ギャラリーどころか車もあんまり通らん国道を

<おおう!こんなとこにも暴走族おんがや!根性あんのー>

ミッツアンは感心して見てました

食べ終え、おみやげにタラバ・ガニなんかを買い送る手続きをして出発

1時間も走らないうちに先程の族に追いつき、アッという間に追い越し

後で考えてみたら・・・・・彼等は制限速度を守って走っていたんですねぇ

ミッツアンは違った意味でまた感心

彼のハーレーが酒田あたりで不調になり時間をとられて

鶴岡を過ぎたらもう世間は真っ暗のドシャ降リ

GSで宿を紹介してもらい、ほうほうの体で新潟の県境あつみ温泉の

民宿になんとか転がり込んだのがPM8時



これからが思い出のサクランボです



海辺に面した宿で、早朝砂浜を眺めていたら

リヤカーにサクランボを積んだオバサンが売り歩いています

<サトウニシキやと、買って帰えっか?>

で、聞くとA3くらいの箱にニ重に入って5000円

高いのか安いのかわからんけれど、箱をも一個もらい

それぞれに一重づつ入れて一箱2500円

ケチなボクはサクランボが踊らないようタオルだったかの

クッションを入れてリアシートにくくりつけての最終日

快晴になったはいいんだけど気温が異常に上がり暑さでヘロヘロ

それでもなんとかひた走り、PM4時に無事帰還

箱にギッシリ詰まったサクランボを見た家人は歓声をあげ

ボクは鼻の穴を広げ<好きなだけ食え!>

何年振りかに男を上げたのでした



帰宅拒否症のミッツアンは、まだ時間が早いからと

しばらく近在を徘徊し、陽が落ちたころ家に帰り

鼻の穴を広げ、家人にお土産や!と言って渡したそーですが

開けた瞬間<クサッ!何これー!>悲鳴に近い声で覗いてみたら

サクランボのあとかたもなく

紅いグチャグチャが腐臭を出していたとか・・・・・・・・

クッションを入れないでリアに括りつけていたサクランボは

ハーレーの振動で踊り潰されっちゃい猛暑で腐りだしたんですね

ミッツアンは残念ながら一層男を下げたそうです



その6~7年後

三内丸山遺跡襲撃ツーリングで同じルートを走ったんですが

海岸沿いにはコンビニ、道の駅が数多く出来

前回とはまるで様子が変わってしまってました

青森のど真ん中でも、ちゃんと言葉も通じてました



                 どーでもイイ話で・・・ 

                    おそまつさまでした



























昭和の子供なのだ!


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