昭和の子供なのだ! -10ページ目

タルさん・・・・追悼

 

樽谷雅好氏 2023年1月24日没 享年73歳

 

樽谷雅好さん 郷土史家と呼ばれている。

 

ボクが東京から戻って間もない頃だから40年ほど前になるんだろうか

雨の降る夕刻突然訪ねてきて、ちょっと付き合ってほしいと言う。

彼の車で行った先は二上山の麓、小さな千手観音の石像の前だった。

薄暗い雨の中、彼が傘をさし、その下で手渡されたスケッチブックに

描かされた絵が右。

これがタルさんとの強引な出会いだった。

以来約10年余、彼が寄稿する新聞や出版物の挿絵を

どれだけ描かされたんだろうか。

経済が伴わないから、気軽にテキトーに描いていたけれど

あの千手観音があったから、下手でも

今も絵を描き続けているんじゃないかと思う。

 

当時は風貌怪異、太った体に伸ばし放題の髪と髭、クシャクシャの服

山賊の親分のような風体で、言が強く

尊大で傲慢 と誤解や中傷、風体を揶揄されることも多かったけれど

それは権威を傘に着る、机上だけで物事を唱える者たちに対してで

それを楽しんでいた風もあったが

ほんとは

ナイーブで義理堅く、気遣いの人だった

稚気にあふれた可愛い人だった

ロマンチストでセンチメンタリストだった。

(聞いたら怒るだろーな)

 

郷土史研究はフィールドワーク、が信条で

とにかくあちこち歩き回り訪ね歩いていた。

 

敬愛する司馬遼太郎さんと会った時の話

早稲田大学時代の学生運動の話

取材で出会った爺ちゃん婆ちゃんの話

落語の話・・・・・等々

呑みながら楽しく話す彼が懐かしい。

彼の話ぶりはとにかく楽しかった。

 

 

高岡という町の物語をまだまだ紡いでほしかった。

 

ここ1、2年は会っていなかった。

先日も事務所に遊びにこない?と電話しようかと思ったけれど、

ワシャ寒いのが苦手やから炬燵から出たくない・・・

の返事が見えてたんで遠慮していた。

事務所へ来訪の折々、入る際には丁寧に靴紐をほどき

帰る際はしっかり靴紐を締めて去っていく姿が

妙に印象に残っている。

 

 

大きい人だったなぁ。

気安く友人だったなんて言えない

郷土史にすべてを捧げ、楽しんだ人生だったと思う。

高岡は彼の仕事、功績を絶対忘れてほしくない。

 

 

 

穴がどこかにポカンとあいたようで

悄然としています。

まるで信じられません

信じません。

またいつか会いましょう

タルさん・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

タルさん いつかまた

 

だれもいない海

 

 

12日の土曜日

今年最後の陽気か!というほどの好天、バイク日和。

こんな日を無駄にしちゃぁ お天道様に申し訳ない。

で、どこへ行こうか悩んだすえ、いつものように(情け無い)

能越自動車道に乗っかり、そぞろ走りをはじめた。

が、速度を上げていくと車体が前輪側から左右に揺れる

風も無いのに ?????

パンク? 止めちゃいけない路側に止めて前輪を見るが

空気圧の低下って感じられない・・・?

まぁいいか、でそのまま走り

いつものように県境のサービスエリアで休憩。

 

いつものようにタバコを喫い、いつものよーにボーッとしてたら

細身で長身のご老人が20年ほど前のBMWで入ってくる。

その風情があまりにもカッコ良くって

人見知りのボクが、つい声をかけてしまった。

バイクの話をあれこれしての別れ際に

失礼ですけど、お幾つになられるんですか? お聞きしたら

もう65歳になります・・・・・

ガッビ~~~ン

 

言い知れぬショックをうけ、もうすぐ75歳のジジイは

行くあてもなく走り出す。

そうだ、今日はいつもよりチョットだけ遠回りして

ポイント、ポイントでスマホで写真を撮ろう。

紅葉がキレイだ、田んぼで野焼きの煙が上がっている

海が輝いている・・・カシャ・カシャ・カシャ・・・

 

バイクをとめた静かな海のそばで、ガラにもなく

今はもう秋・・・誰もいない海・・・♪

のフレーズが口から出たが、その先が出てこない。

で、あの唄ってた二人組はなんてったっけ?

なんぼ考えても、これも出てこない・・・・。

 

悄然として走りだしたのだが

急にお腹に差し込み!

お尻に圧力をかけ、脂汗を出しながら、

普段は1時間かかる道を30分で駆けもどり、

危機一髪、事無きを得た。

 

 

 

小春日和のホントに素敵な一日でした。

 

PS: ブログにUPするつもりで撮った写真は

なんの手違いか消去してしまい

残ったのはこの1枚だけです。