お久しブリゴムチョムニダ。

最近ふと思った。


ダチと酒を交わし、ふと思った。


十代の頃なら、訳も分からず、何処からともなく、色んな奴らが集まり、酒を呑んだが。

イベントにクラブ。

時には、知り合いの知り合い。さらに、そこからの知り合い。


もう、そこまで、いくと訳分からんがあせる

とにかく、色んな所から沸いてきた。

誰やねんという奴もいたが汗

気付けば、二十代後半。

最近に関しては、呑むメンバーもある程度、固まり、昔みたいに、溢れでてくる事も少なくなってきた。


たまに、昔みたく集まり弾ける時もあるが。


社会に出てからは、新しく出会えば、というと
仕事関係の堅苦しい、呑みの席。


歳をとれば、とるほど、本当に、一生、

笑い、打ち明けられ、
落ち着いて呑める相手は限られてくるものかもと。


今、一緒に呑み、笑い、怒り、酒を交わせるダチはダチの中のダチだと信じれる。


十代頃は、やんちゃしたり、小馬鹿にしたり、
見下したり、イジリ合っていた同士も

今じゃ、立派に社会人として生き。下の面倒を見て、
社会の歯車として世の中に貢献している。


仲間を探し求めた、あの頃、無理にでもトモダチになり、
無理にでも気を使い。

自分を売るのに
自分を知って貰う為に
必死だった。

正しかったのか、間違いだったのか、俺には分からないが

たった一つだけ言えるのは、義を重んじて、全うに生きれば、知らない内に仲間は出来、おのずとメンバーは構成されるものだと。

あちらこちらに、顔出し薄っぺらい付き合いは、俺はゴメンだと。

自分から歩み寄らずとも、歩み寄ってくる事もあるのだと。



やはり、今、自分の周りを取り巻く、
酒を呑む仲間は、何かしら、俺に無いもを持っていて、人として、素晴らしく思える部分が必ず一つは在る。


だからこそ、良いバランスで付き合えているのだと思う。


逆に俺が対して何も、共感など持たない相手は、ダチではあるが、疎遠になって行く。

やはり、人対人。
自分に無いものを持っている人間とは、大切にこれからも、太く長く付き合って行きたいと、

ふと、思った今日この頃ですじゃあニコニコチョキ