<基本に立ち返る>

   では何故、人は、「南無観世音菩薩」 なのか。

   日常する意識的な自己、有心の自己から見れば、

   「南無観世音」 こそが、観世音菩薩の立ち位置への

   帰還であり、帰依であり、帰命なのだから。 (凡夫の方便)