<時代の閉塞感>


   少子高齢化の時代を迎えて、

   近年、日本では時代の閉塞感が言われる。

   
   先行きの見通しの立たない不安や不透明感と共に、

   管理化され合理化されたシステム社会の不自由さが、

   主たる要因だと言われる。


   ある意味成熟した社会の必然的な帰結とも言えるが、

   「その先」 を見通すビジョンに欠ける。

   追いつけ追い越せ、それ行けドンドン、の時代を過ぎ、

   高度に洗練され成熟した社会では、目標の喪失と共に

   その先を見通すことが、かなり困難なものとなっている。


   人々が、遠くを見つめる視線を足元に落とし、

   地道に堅実に生きることは歓迎すべき事柄だが、

   それが新たな内向の時代、利己主義や個人主義に向かうならば、

   ネオ・保守主義の台頭として、先進するヨーロッパ諸国の

   二の舞となることは避けられない。


   さて、どうしたものか。