<五位考>


   洞山五位頌に先行する主著 『宝鏡三昧』 に依れば、

   易の離の卦を引用して、重離六爻。偏正回互。

   畳んで三と成り、変じ尽きて五と為る、と有る。

 
   言わば、畳めば三位と成り、転機変容して五位と為る、

   と、言うのであるが、これを 「三位」 と見立てれば、

   「正中偏」 と 「偏中正」 とが、順逆一対で対句 (一位) を為し、

   「正中来」 と 「偏中至」 とが、隠顕一対で対句 (二位) を為して、

   また、この一位と二位とが実相 (智慧) と機関 (方便) を現して

   「一転語」 (転句/転用) する、と言った、

   縦横無尽の 「場の対称性」 (相対性) を見せている。

   
   これに、脱落の 「兼中到」 を加えて三位と見立てれば、

   唯識で言う 「三性論」 や天台に言う中観 「三諦論」 や

   仏教学的な 「三身論」も含んで、臨済の三句となる。 *

   
   * 第一句: 三要印開して朱点側つ、未だ擬議を容れざるに主賓分る。
   
     第二句: 妙解豈無著の問を容れんや、オウ和争でか截流の機に負かん。

     第三句: 棚頭に傀儡を弄するを看取せよ、抽牽都来、裏に人有り。

   
     ちなみに、臨済の四料簡は、華厳哲学をベースにした

     理事互入の法に近似している。

   
   言うところの、

   存在論的な第一義的 「実相」 (法性法身) を第一句と為し、

   認識論的で第二義的 「機関」 (報性報身) を第二句と為し、

   これら法位を超えた、現実的で実際的な人称 (人性) 論的立場を

   第三句と為して、後進の指導となし指標としている。