後得智の世界、

   或は、「悟後の世界」 と呼ばれるものがある。

   悟りや解脱に関しては多く語られるが、 

   悟後の修行や後得智に関しては、

   あまり語られることがない。


   むしろ、仏教では、

   因分は語れても果分は不可説だと言われる。

   いわゆる、方便 (方法) は語れても、

   その結果 (実相) は語れない、と言うのである。

   
   愚かにも、この領域に一歩を進めたのである。



   <後得智の世界>

   ――― それは、「悟後の世界」 である。


   「清浄世間智」 と呼ばれ 「差別智」 とも呼ばれる、

   諸法実相し仏果現成する、如是実相の世界である。


   したがって此処には、

   もはや、「これが善い」 とか 「これが悪い」

   或は、「ここが良い」 とか 「ここは悪い」 と、言った

   分別的事態もなければ、場所も時間もないのである。


   押し並べて、皆一様に、

   事の良し悪し、事の善悪も含めて、

   仏果現成し、諸法実相するのである。


   只、この自覚が有るか無いか、の違いだけを残して。